僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

見たもの読んだものなどの簡単な記録と感想のチラシ裏系ブログ

バトル・ロワイアル【特別篇】

バトル・ロワイアル 特別篇 [DVD]

Battle Royale
監督:深作欣二
原作:高見広春
日本映画 2001年
☆☆

 

<ストーリー>
中学3年生になった七原秋也は、修学旅行に向かうバスの中にいる。クラスメイト達と他愛もない会話をしていたが、ふと気づくと全員が眠っていた。七原が目を覚ますと、暗闇に包まれた部屋の中。自分の首にいつの間にか首輪が装着されており、取り乱しながらも近くにいた女子生徒の中川と、親友の国信を起こす。

突然電気が点けられると、1年時に担任だったキタノと自衛隊員たちに取り囲まれる。キタノは、担任だった頃とは人が変わった様子でクラスメイトを威圧する。転校生の2人を紹介すると、いきなりB組で殺し合いをしてもらうと宣言する。
MIHOシネマさんより引用

 

今回、初めて見ました。公開当時は結構な話題作で一世を風靡しましたが、私の中ではただの悪趣味映画のイメージが強くて、正直興味が持てませんでした。

 

ただ、今はバトルロワイアル物っていうジャンルとして系譜があるくらいですし、(「ハンガーゲーム」とか「アベンジャーズ:アリーナ」とかね。私はどっちも見てませんが)何より社会学的な分野でゼロ年代の総括としてバトルロワイアル的な時代として、よく例に上がる。私は「ヒープリ」の感想でもその辺りについて触れました。なので、せっかくだし勉強がてら見ておこうかなと。

 

が!思ってたのとちょっと違った!


これ、普通にただの悪趣味映画で社会要素は全然無い作品ですよね?社会学で何でこれがよく挙げられるのかと言えば、ヒープリの時にも書いたけど、バブル前と違って今は限られた数しか勝者の椅子が用意されて無いイスとりゲームになっている世の中だから。誰もがそれなりに生きて行けた昔と違って、今は他人を蹴落とさないと勝者にはなれない時代。生き残りをかけたサバイバルの時代になってると。その辺りの構図が「バトルロワイアル」に共通する部分になってる。

そういった所が、時代を表す作品としてよく名前が挙がるわけですが、映画単体としてはそこって全く意識して無い。

 

勿論、今の評論の評価軸としては、「作り手の意図」みたいなものと作品は切り離して考えるのが常識としてあるので、例え作り手はそんな事は意識して無いよっていうのものであっても、出来あがった作品から時代背景を読みとる事は間違っていないし、だからこそこの作品もよく例に出されるんだけど、単純に作品の意図としては、当時・・・かな?少し前によく言われてた「キレる若者」とか、バタフライナイフを携帯する若者とか、そういういかにもな「理解出来ない今時の子供」みたいなものの方を軸にして描いてある作品でした。しかもそこを理解しようとするとかそういう視点ではなく、大人を舐めるなとか、反対側の視点も相当に陳腐で酷い。

 

流石に、もっと社会要素を深く描いた作品だったと思っていたまでは言いませんが、例えつたなくても当時なりの答えみたいなものはあるのかなぁと。う~ん、全くそういう作品では無いのね。今は政治家になった山本太郎が出てるのが唯一の救いか。

 

私は別に政治に詳しいわけではありませんが、右と自民が大嫌いなので(というよりは、自分が良ければ他人はどうなっても構わない、という考え方が嫌いなのです)、左よりでロスジェネとかをちゃんと理解してる山本太郎の方がずっとまともに思えます。

 

単純に映画としては深作欣二らしいある意味くどい演出が随所にあって面白いし、クラスメイトをただ殺し(あるいは死に方)のバリエーションとしてだけでなく、色々なタイプの人間性みたいなものを描こうとしてる辺りはやっぱり上手い部分だなと思いますし、こういったデスゲーム的なものにもし自分が参加するような形になったらどうするだろうか?的な事をついつい考えてしまうような面白さがあって、そういう視点で見所はある作品ではありました。

 


今は大人になって、多少の老獪さ・狡猾さくらいは身につけてるかなとは思いますが、私の中学生の時なんてホントただの暗くて気持ち悪い何も出来ない人間だったからなぁ。他人を信じていないのは今もさほどかわってない気はしますが、どうせ死が見えているのなら、何か一かバチかの賭けに一人で挑む・・・かな?ドンくさい人間なので、すぐに殺されて終わりのモブなのが関の山って感じもしますけど。

 

あ、あと何故か宮村優子が出てるんですね。「救急戦隊ゴーゴーファイブ」でも顔出して俳優やってましたが、救出がテーマの作品とこっちでは正反対でちょっと笑ってしまった。

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聖闘士星矢EPISODE.Gレクイエム(1)

聖闘士星矢EPISODE.Gレクイエム 1 (チャンピオンREDコミックス)

Saint Seiya Episode.G Requiem
漫画:岡田芽武
秋田書店刊 チャンピオンREDコミックス 2021年(続刊)
☆☆

 

全話完全オールカラーで贈る
黄金聖闘士の激闘譚!
シリーズ最終章が開幕!!

射手座(サジタリアス)・聖矢、
炎に包まれた聖域(サンクチュアリ)に帰還!!

 


という事で「エピソードG」シリーズの最終作となるらしい「レクイエム」開幕。前作「アサシン」で次は黄金継承した5人の話なのかな?って書いてますけど、なんと聖矢が主役の様子。

 

オリジナル主人公が主役やるってそれ外伝か?という気がしなくもないですけど、前作の時に聖闘士星矢は外伝も含めた各シリーズが並行世界になっているという今時らしい設定を持ってきてたりしましたしね。

 

初神だか何かの影響で全ての聖衣と聖闘士が消滅。表紙にある射手座を纏う事もなく、結局はまた天馬座のクロスを纏う事になりますが、黄色いラインが入っててどことなくΩ風。ヒドラ市も次は白銀を目指すとか言ってたりしますし、Ω好きとしてはちょっと嬉しい。かと言って特別にオメガ贔屓というわけでもなく、各外伝作品もありきとしてやってるのかなとは思いますけど。

 

いや私もオメガが特別に好きってほどにまで好きなわけではありませんが、2年分も見るとあれはあれで愛着があるってだけの話ですが。

 

エピG、絵は正直苦手なのですが、前作の後半辺りから特に出てきた、アニメOPの歌詞をセリフとして当ててきたりとか、そういう言葉遊び的な所、ちょっとだけクセになってきました。「明日の勇者」とかそういう奴。

 

あとは聖衣に対して今回の敵の鎧が「悪衣」ってのがちょっと面白い。読み方はそのままアクイですし、聖に対するなら邪とかじゃないのかと思ったりしますが、まあこういうのはハッタリあってこそ。

 

1話目がいきなり雑兵に焦点を当ててる話で、そういう目の付けどころも良いです。

 

話がよくわからない上に、進むペースも遅ければ、この人は途中で飽きちゃう・・・というよりはもっと良いアイデアが浮かぶのかな?最初の方と方向性変わってないか?みたいになりがちですが、とりあえず単行本は追いかけていこうかと。

 

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聖闘士星矢 セインティア翔(15)

聖闘士星矢セインティア翔 15 (15) (チャンピオンREDコミックス)

SAINT SEIYA Saintia Sho 15
漫画:久織ちまき
秋田書店刊 チャンピオンREDコミックス 2021(続巻)
☆☆☆★

 

アレスの
剣が
エリスを
貫く!!

凶気が世界を覆う中、
翔子たちは
絶望の内に翻弄されていく・・・。

 


という事で「セインティア翔」新刊が出ました。前巻の時よりペース早めで嬉しい。
ただそれでも前はどんな話だったっけ?とあまり詳しくは憶えていない。そういう時はブログ書いてるのを読みかえせるのはやはりありがたい。

 

サガがエリスを剣で貫き、遂にアレスとして強大な神の力を得る。「邪神エリス編」「戦神アレス編」みたいに順番にやってくのかなと思ってましたが、基本的には地続きなのね。翔子がお姉ちゃんを取り戻すんだって最初からやってましたが、これいつ区切りつく話なのと正直思ってました。けど基本的には「セインティア翔」という話そのものがそこをやるって事なのか、今更気付きました(遅い)

 

今回は
調和(ハーモニー)のハルモニアとセインティア(エルダ以外の)4人
恐怖(フィアー)のデイモスとミロ
敗走(ディフィート)のポボスとエルダ+αの戦いがメイン。

 

星矢本編だと神になろうとしても実際にはなれなかったサガが対にエリスの力を吸収して神の力を得るってなかなか熱いものがあるなこれ。いや敵ですし、結局倒されるのはわかりきった事ではありますが。

 

調和を司る者として本来は戦う存在では無いハルモニアが力を行使しながらも、その結末は・・・というのがなかなか面白い。セインティアも基本的には同じくアテナに使える侍女という立場で、そこは共通する部分であるっていうのも結構深い。

 

対するデイモスとミロはまあ脳筋バトルだわな。そういうキャラだし。良くも悪くも気合で勝ってしまうというのが「聖闘士星矢」という作品らしさ。

 

確か漫画史でもわけのわからん必殺技を互いに連呼するだけっていうスタイルを作ったのが車田正美なんじゃなかったっけ?「リンかけ」って序盤は割と普通のボクシング漫画してたんだけど、途中から必殺技連呼漫画になって、そこで人気が出たって形のはず。良くも悪くもな功罪のある作風なわけですが、そこから新しい作風が系譜として受け継がれていくようになった、って形だったかと思います。やっぱり漫画としてはロジックのあるものの方が面白いとは思うんですけど、必殺技漫画もそれはそれで魅力はありますしねぇ。

 

続いてポボス戦。エルダとの戦いがメインですが、回想シーンでデスクイーン島の暗黒セインティアとか描かれるのがマニアックで楽しい。星矢スピンオフ全般に言える事ですが、車田が割と適当に勢いだけでやってたよくわからんものをスピンオフで拾ってくるっていう所もどのスピンオフ作品にも共通する面白い部分だったりしますね。

 

ポボス、割とチート能力というかデバフ系の確定能力をこれまたチートな感じの助っ人で切り抜ける。

 

なんとか5人揃ってアテナとエリスが居た場所に辿りついたものの、そこにもうアテナの姿はなく、その先にある闇へ乗り込んでいく・・・という所で次巻へ続く。作者が言う所によると、ここから最終決戦になっていくそうな。

 

前の時にも書いたけど、チョクチョク出てくる黄金聖闘士のおかげで、メインのはずのセインティア5人が十分に描き切れて無いのがこの作品の若干の難点かと思ってるのですが、ここからの最終決戦はセインティアだけで何とかしてほしい所。

いや黄金出てくるとそれはそれで嬉しいのですが、やっぱり5人のセインティアの女の子を私は見たいわけで、ここからもっと個々のキャラをより描いてくれると嬉しい。希望を言えば単行本1冊で一人分くらいづつ使って欲しいし、何ならその後にまた新しい敵と戦ったりとずっと続けて欲しいくらい。「ロストキャンバス外伝」がとても良かったので、あんな感じでやってほしいんですよね。

 

そんな期待を込めつつ、首を長くして次巻も楽しみに待ちます。

 

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機動戦士ガンダムAGE MEMORY OF EDEN

機動戦士ガンダムAGE MEMORY OF EDEN [Blu-ray]

 

MOBILE SUIT GUNDAM AGE MEMORY OF EDEN
監督:綿田慎也
日本 OVA 2013年
☆☆☆★

 

BD持ってますが、丁度配信でやってたので再見。
去年にAGE関係のコミカライズとかまとめて読んでて、締めにこれも見ておこうかなと思ってたのですが、なかなか時間がとれず今回は丁度良い機会でしたので。見るのは今回で2回目だと思います。

 

ガンダムAGEをゼハート視点で再編集した総集編OVA的な奴です。確かレンタル版だと前編後編に別れてた気がしましたが、ソフトは1本で出てます。ただ内容は同じなので、途中で一度エンディングスタッフロールが入る。TV2部のアセム編と同じSPYAIRの「My World」が流れますが、アセムのおしりプリプリな絵は気になりつつ歌詞がすごくアセムっぽくてとても好きな一曲なので、これはこれで嬉しい。ちなみにM後編のEDは新曲。

 

そこ考えると一応は前編がアセム視点、後編がゼハート視点的な作りかとは思いますが、前編後編通して、TVシリーズとは違う第4の主人公としての「ゼハート編」というのが相応しい1作。

 

私も「ガンダムAGE」自体には色々と言いたい事はありつつも、そんな事言いだしたらどのガンダムシリーズにも良い部分悪い部分ありますしね、こんなの認めないとか言ったって仕方無いと思ってる人です。

 

TVシリーズだと作品の中心に居たのはレベル5の日野さんですけど、その日野を外して(一応は監修と言う肩書にはなってるけど)サンライズ側としてはあの作品をこうチューニングするよ、という感じの作品なので、ベースは同じでもやっぱり結構作風は違ってて、また別の面白さは十分にあるんじゃないかと思ってます。

 

TV版のラスボス的な存在だったヴェイガンギアとかの出番も一切カットして、あくまでゼハートの物語としてある潔さは凄い。この割り切りの良さが素敵。

 

最終的にゼハートの登場機となるガンダムレギルスもTV版のガンダム風なトリコロールカラーから、赤に変更。元々がガンダムのライバルキャラとしての記号として赤いMSがゼダスRとかゼハートカラーとしてとか使われてましたが、「火星の象徴としての赤」みたいな意味合いから、「血ぬられた赤」としてレギルスが赤い色に変更されてるのは面白い部分。

 

確かTV版よりデシルとかの幻影と会話するシーンが「MOE」では大幅に追加されてたはず。個人的にTV版よりその部分が一番面白く見れた部分でした。

 

TV番だと2部のデシルってそんなに印象に無いんですよね。1部では魔少年としてフリットのライバルキャラとして出てきた割に、部をまたいで成長した姿のデシルって早々に退場したイメージしかない。ゼハートの兄として、その兄弟さえも自身の理想を叶える為にゼハートが手をかけるっていうのがキモになるわけですが、それが亡霊と言うか怨念と言うか、ゼハートの心の内の葛藤というかで、後々までねちっこくゼハートを攻め立てるっていう描写がとにかく良い。


世話役のダズとかマジシャンズ8のドール(フラムの兄)とかも同じ感じで出て来ますが、彼らの屍の上に自分は立っているって描写が面白くて、しかも最後は自分を慕ってくれていたフラムまで手にかけるというゼハートの追い込まれっぷりが素晴らしい。

 

そこが「自分の理想を実現する為に」という揺るがない理念では無く、ここまで来たらもう後戻りは出来ない、自分は多くの屍の上に立っているから、という、間違ってるかもしれないけどもう進むしかないんだ感がやっぱりゼハートのキャラクターとして物凄く面白いんじゃないかと。


かっこたる信念を持ったカッコいいライバルキャラ、とかでは決してないんですよね。そういう意味で「MOE」という作品においてはやっぱり迷いのある主人公感があるというか、ダークサイドに落ちてしまって戻れなくなってる情けなさみたいな所が、逆にこれまでの主人公とは違う感じで凄く面白い。

 

そこ考えるとね、やっぱりアセムは王道なんですよ。焦りだけを募らせる序盤から、色々な経験を得て成長するってキャラですしね。ゼハートを主人公として観た場合でも、従来通りライバルキャラとして見た場合でも、あまり例の無いキャラクターになってて、そこに目を付けて、ゼハートの物語とした「MOE」の視点の面白さがここにある。

 

「MOE」では存在すら出て来ませんが、一応のTV版のラスボスとも言えるゼラ・ギンスなんて、ただのぽっと出のキャラでしかなくて、さっぱり面白くも何ともなかったですしね。やっぱりキャラクターはドラマありきだからこそ面白いというのを改めて考えさせてくれます。

 

で、まだまだゼハート語り続けますが、これはTV版の方でもあったセリフだったっけかな?あったとしても正直印象には残って無くて、MOEだからこそ印象に残るセリフでもあるんですけど、自分はコールドスリープを使ってまで時代を越えて何やってるんだ?的な事をゼハートが言うんですね。


TV版だとアスノ家が血筋として3世代それぞれの主人公になってるわけですが、その対になってるのがゼハートなわけですよね。家族を持つ事で無く、コールドスリープという技術を使って世代をまたいでいる存在だと。そこ考えるとさ~、1部のデシルの役割もゼハートでも良かったんじゃね?かたや世代を重ねているのに対して、もう片方は一人の人間がずっと戦い続けているっていう対比にもなって面白かったんじゃないかと。

自分の家族(兄=デシル)をも排除するっていうとこでの対比だったのかもしれないし、家族になれたかもしれないフラムもその一環とも言えなくは無いけどさ。

 

あとは対比という所で言えば、アスノ家のAGEシステムが作品のモチーフにもなってる「進化」を主人公サイドで表現してましたが、対するヴェイガン側はイゼルカント様が実は火星の民を救うのではなく、進化した人間だけを生き残らせて次の時代を作っていくっていう考えだったのも対になってる部分ですよね。

 

ある意味、ギレンが唱えた優良人種説にも近いわけですが(そのギレンの考えはナチズムのアーリア人種説がベースですけど)、フリットが後に救世主と呼ばれたのと対になってて、イゼルカントはゼハートに救世主になる事を求めてたりするわけで、この辺の地球側とヴェイガン側との対比の部分も「MOE」では凄くわかりやすく描かれてて、面白い部分。

 


ガンダムAGETV本編では、雑と言うか余計な部分が多すぎて、本編見てるだけだと何だかな~って印象の方が強かったのですが、こうして総集編OVA的な形でも、纏め方しだいでAGEって色々面白い部分あったんだよなって再確認させてくれます。それだけでも十分な価値はあったのかなと。

 

私は富野ファンですけど、「Gレコ」TV本編は正直よくわかんなかったし、それをわかりやすく再構成したというふれこみの映画版の方でも、全然上手く出来て無いと思ってたりします。そこ考えるとさ~、この「MOE」のエッセンスの抽出の仕方って実は相当に上手いんじゃないかと思ったりする今日この頃です。いやGレコも一つ一つの演出とかセリフ回しは面白いんですけどね。

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 監督:綿田慎也

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ファルコン&ウィンター・ソルジャー(MCUその25)

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原題:THE FALCON AND THE WINTER SOLDIER
監督:カリ・スコグランド
原作:MARVEL COMICS
アメリカ制作ドラマ 2021年 全6話
☆☆☆☆★


ディズニープラス配信のMCUドラマ2作目。
これが終わったら「ブラックウイドウ」も見れるはずだったんだけど、結局また延期で泣きたくなる。

 

ドラマの方も本来は最初に配信になるのがこちらの予定でした。特にキャラクターがクロスオーバーしてるわけではないので、順番はさほど影響しませんけど、最初に配信になった「ワンダヴィジョン」の方は結構トリッキーな作品でしたので、それと比べると今回のバッキー&翼は物凄く正統派な作り。

 

予告のみの印象だと、ファルコンとバッキーがコンビを組んで適当なヴィランと戦うだけの軽めのバディ物かと思いましたが、人種問題なんかを扱った、極めて政治色の強いMCUらしい作品でした。

 

人種問題ってね、映画なんかでは色々と見て来ましたけど、なかなか自分には身近には感じにくい素材。昔と比べたら少しは改善してきてはいるものの、そこは根深いものがある、という事なんだろうなぁと。

 

その辺りを描きつつ、個人的に一番グッと来て、私に響いたのはサムの演説の中で、政治は誰の為にあるのか、力はどう使うべきなのか、その辺りを問う辺りがさぁ、思いっきり今の日本のお偉いさんにも突き付けてやりたくなる本当に素晴らしいものでした。

 

ロクな補償も無いままに緊急事態宣言で同じ事を繰り返す今の政治。そのくせオリンピックだけは強行しようとしているこの国の異常なおかしさ。震災からの復興の象徴という形だけを残そうとしてるだけで、全く現実とは反するプロパガンダで自分達の保身しか考えていない最低な政治状況です。コロナ禍は自然の災害ではありません。ウイルス自体は疫病と捉えても、この対応のおかしさは今の政治、自民党の責任です。

 

オリンピックを希望の象徴としようと目論んでいるわけですが、そんな国の政治を見て、人は何を思うの?あいつらが振りまいてるのは希望じゃ無く絶望という事を政治家達はわかっていない。市民なんかバカだからオリンピックやれば全部忘れてくれると思ってる。

んなわけあるか!責任は自分達では無く、自粛しないお前らが悪いんだよってまた自己責任論に押しつけてくる。自民党は昔から好きですからね、自己責任論。責任逃れをする政治家を見て、やっぱり政治になんか期待しちゃいけないんだってもし思ったら、それこそ自民党の思う壺です。市民はバカで無関心な方が彼らには都合の良い事なんですから。こんな政治でも、それを変えるのは政治しかないんですよ。声をあげなきゃ。行動に移さなきゃ。

 

そういう事をきちんと今回のドラマだって描いてたじゃ無いですか。それでも声をあげなきゃ、それでも行動しなきゃって。だからサム・ウィルソンは自分が出来るキャプテン・アメリカになろうとする。

 

こういう事をきちんと描いてあるだけで120点です。アクションとかキャラとかMCUの今後とか、そういう所も勿論面白いし見所。でも今回はきちんとテーマとしてそういう所を描いてあったのが本当に凄いと思ううし流石です。

 

たかがフィクションかもしれない。しかも俗悪なスーパーヒーロー物かもしれない。でも自分達は声を上げるし、自分達が出来ることをやるよ、そういう決意がきちんと作品に表れていたと思います。

 

でね、その他にもう一つこれだっていう部分があって、バッキーがサムに対して、お前が盾を継げよ、なんで手放したんだって序盤はサムの事を攻めてたけど、サムの背後にある複雑な歴史を知って、そんなに単純な事ではなかったんだな、勝手を言ってすまなかったってサムに謝るの。もうね、これ!そうそうこれなんだよ!って本当に心にグッと来ました。

 

過ちは素直に認めて反省したら、まずは一言でも良い、あやまろうよ。これが出来ない人が世の中になんと多い事か。黒人版キャプテンアメリカことイザイアの件もそうじゃん。間違った事をしてしまった、本当に申し訳なかったって、たった一言あるだけでさ、人は救われるんだよ。失ってしまったもの、過ぎ去った時間は戻らない、けれども、一言謝罪の言葉があるだけでもさ、心が晴れる部分はあるんだよ。

 

これね、今回はテーマとも直結していて、バッキーは最後、あの日系のおじいさんに謝りに行くよね。ジョン・ウォーカーは相棒のレマー/バトルスターの訃報を知らせに家族の所に行くけど、そこで自分を守る為に嘘をつく。そしてシャロンも国に謝罪される。バロン・ジモは・・・反省しない(これぞヴィラン)。この辺のね、各々の「反省と謝罪」も意図的に配置されてて、それぞれが違ったりしますよね。ここ、メチャメチャ上手い脚本でした。ヒーローは自分の保身ではなく、他人を救う為に戦う。それが結果的に自分も救う事になる。そういう学びを描いてる。

 

そこ考えるとさ、また日本の政治の話に戻るけど、あいつら保身しか考えて無いじゃん。

 

でもって今回の話、GRCとかフラッグ・スマッシャーズとか背景が正直よく飲み込めない部分があったんですけど、デシメーション(指パッチン)で人類が半分になった時に、これは人類の危機だと人種を越えて協力する世の中になったんだけど、それがまた半分戻ってきた時に、元のキャリアに居た人は元に戻すべき、という政治政策が進められたんですよね。黒人とかアジア人とかも人種関係無く仕事につけたけど、消えてた半分が戻ったらそれが本来の形なんだから、あんたらもう要らないよ、と言われてクビになって難民になる。

 

半分の世界では人類は一つになれたのに、戻ったらまた分断の時代に戻ってしまった。消えてた本人達はその不在の時代も知らないし、戻ったらキャリアが無くなっていたと言われても困る。だって私らむしろ被害者でしょ?

 

っていう解釈でいいのかな?多分これで合ってるよね。言われてみると、それは単純に元の世界に戻りましたとはならない複雑な背景だなぁと。「スパイダーマン:FFH」だとその辺の問題はあんまり気にならずに単純に戻れて良かったねっていう印象でしたけど、あれは子供がメインだったからか。今回は少しわかりにくかった感じもしますが、サムのお姉さんとかはその辺の話だし、フラッグスマッシャーズが過激なテロリズムに走ろうとしても、一つになったはずの人類をまた断絶の時代に戻しちゃいけないっていう大義があったからか。

 

その中で、サムは自分のルーツも含めて、自分は何をすべきかっていうのに悩む。カーリ・モーゲンソウの言葉にさえ耳を傾ける。まずは相手の主張、話を聞いてみようよっていうのは大切な事ですから。その上で自分はこう思うよっていうのが会話で、一方的な自己主張するだけでは会話って成立しないのです。

 

で、そのサムのルーツを描く為に2代目キャプテン・アメリカことジョン・ウォーカーが居るわけで、フットボールのキャプテン、白い肌・碧い眼・金髪で軍隊のお手本的存在。「アメリカ」という国の代表は彼のような存在であるべきだっていう理想としてのキャラクターなんだけど、無かった事にされたイザイアとか、黒人だってアメリカの一部だと、その存在を無視してもアメリカの本質なんて見えてこない。う~ん、こうして書くとやっぱりメチャメチャ脚本が上手い。

 

その上でのサムのあの決断と主張ですからね。自分はスティーブ・ロジャースにはなれないけれど、サム・ウィルソンとして、自分が出来るキャプテン・アメリカを作っていく事が出来ると。

 

ブラックパンサー」でも黒人文化うんぬんとして高い評価を得たけれど、それともまた違ってアメリカ国内として今回は描いたんだから、そこはやはり凄い。つーかブラックパンサーと言えばドーラミラージュがクッソ強かった。多分ドラマの中で強さランクつけたらドーラミラージュが最強。

 

そこ考えると今回はサムの話で、バッキーはサイドキック感は多少あったかも。大きい一歩を踏み出したサムに対して、小さい一歩を踏み出したバッキーというのもバッキーらしくて良いですけどね。

 

原作で言えば本来、キャップが死んだ後にバッキーが先にその名と盾を継いで、その後キャップが復帰して今度は老化した時にサムが継ぐ、という形になってますが、バッキーキャップは荷が重い感じはしたし、過去の罪を背負ってちょっと辛気臭い方がウインターソルジャーの方が割とらしい気はするしな。

 

うん、そこまでは良い。が!一つだけ納得出来ないのがシャロン・カーター。え~っ?シャロンってこんなキャラだっけ?原作だとスティーブの恋人ポジションだけど、MCUだと過去に戻ってペギーの方に行っちゃったから、原作設定は生かせない、だから別のポジションでキャラを作るっていうのは理屈ではわかる。原作まんまじゃなくアレンジが面白いのもMCUの良いとこだしな。

 

でもさー、「シークレット・エンパイア」でも描かれてた通り、スティーブ・ロジャースにとってはサムとバッキーとシャロンの3人が魂で通じあってる特別な存在なんだよ。そこをヴィラン寄りに描くって正直ショックだなぁ・・・。あのラストでガッカリ来てしまった。


う~ん、レッドスカルに操られてるとか、いや今回のシャロンはスクラルですよ、機械で顔変えてるシーンはあえてそこを匂わせる為の演出ですから!真相は「シークレット・インベージョン」で明かされるから心配しないでって言ってほしいと願ってます。

シャロン回り以外はとても良かったとしか言いようが無い。

 

さてお次はひと月あいちゃいますが「ロキ」です。
ワンダヴィジョンみたいにひと癖もふた癖もありそうな作品だなぁ。
ゲストに過去作品から誰か出たりするのかも含めて楽しみに待ちたいと思います。

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エッジ・オブ・スパイダーゲドン

エッジ・オブ・スパイダーゲドン (MARVEL)

SPIDER-GEDON:EDGE OF SPIDER-GEDON
著:ジェド・マッケイ、ロニー・ナドラー、ザック・トンプソン、
 ジェイソン・ラトゥール、アーロン・クーダー、クリストス・ゲイジ、
 カレン・バン、ニラ・マグルーダー、ジェームズ・アスマス、
 ライアン・ノース、ジョフリー・ソーン(ライター)
 ジェラルド・サンドバル、アルバート・アルバカーク、トンチ・ゾンイッチ
 アーロン・クーダー、ウィル・ロブソン、マイク・ホーソーン
 スコット・コブリッシュ、ハビエル・ブリード、シェルドン・ベラ、
 ホアン・ゲデオン、マーク・バグリー、デビッド・ウィリアムズ、
 トッド・ハリス(アーティスト)
訳:秋友克也
刊:MARVEL ヴィレッジブックス
アメコミ 2021年
収録:EDGE OF SPIDER-GEDON #1-4(2018)
 SUPERIOR OCTOPUS #1(2018)
 VAULT OF SPIDERS #1-2(2018-19)
☆☆☆☆


絶対の危機にスパイダーマン達は再集結を果たす!
スパイダーアーミーを招集せよ!
『スパイダーゲドン』前日譚!

スパイダートーテムの力を受け継ぐ者達を喰らう吸血鬼「インヘリターズ」一族の復活を受け、かつて彼らと戦った「スパイダーアーミー」が再集結される事になった。
多元宇宙から呼び寄せられた顔ぶれとは……。スパイダーアーミー召集の過程を描いた『スパイダーゲドン」前日譚。わざわざ“マンガ風”に描かれた特撮版スパイダーマンの“続編”とも言うべき作品から、映画版で話題となったペニー・パーカーの主演エピソードまで、個性あふれる短編を多数収録!

という事でスパイダーゲドン前日譚オムニバス「エッジ・オブ・スパイダーゲドン」です。

 

■エッジ・オブ・スパイダーゲドン #1
 ジェド・マッケイ(作)ジェラルド・サンドバル(画)

スパイダーパンク編。
イギリスが舞台でスパイダーマンが反攻の象徴みたいになってる設定が最高に面白い。この世界だとキャップがキャプテン・アナーキーになってて、未来から征服者カーンが何故か企業戦士みたいになって来訪。

スパイダーマンの版権を管理して利益を出しているようで、何故キャップよりスパイダーパンクの方が象徴になってるのか問うと、老いさらばえて落ちぶれて死んだから、若くして死んだスパイダーマンの方が象徴として商品になるっていう皮肉が抜群。一発ネタに近いけど、コンセプトの勝利。100点。

 

■エッジ・オブ・スパイダーゲドン #2
 ロニー・ナドラー、ザック・トンプソン(作)アルバート・アルバカーク(画)

ペニー・パーカー編。
映画「スパイダーバース」で可愛くアレンジされてましたが、原作のスパイダーバースとこちらは思いっきり「エヴァンゲリオン」リスペクト作品。

エヴァまんまのSp//drは前作でも出てましたが、今回はヴェノムベースのVEN#mが出てきて暴走、エヴァどころか「AKIRA」みたいになってくる。展開とかドラマとしても日本のアニメが好きでああいう路線をやりたいっていうのが凄く伝わってくる一本。アニメ版みたいに可愛くはないけど面白い。

 


■エッジ・オブ・スパイダーゲドン #3
 ジェイソン・ラトゥール(作)トンチ・ゾンイッチ(画)

スパイダーベン&ピーティ編。
ピーターがより幼く、ベンおじさんがヒーローとしてコンビを組んで活躍している世界なものの、なかなか上手く関係性が築けないでいるという結構シブイ設定。

ベンおじさんもね、ピーターの事を心から愛してたし大切に思ってたけど、若い子供の感覚の全てを理解出来ないでちょっと困ってたのはオリジナルでも多分変わらない部分なので、その辺をクローズアップしてあるのが面白い部分。


■エッジ・オブ・スパイダーゲドン #4
 アーロン・クーダー(作・画)

ノーマン・オズボーン版スパイダーマン編。
スパイダーゲドン本編でも全く協調性が無く、一人自分の目的の為に動いて話の途中で離脱してましたが、そりゃあグリーンゴブリンとは相入れないわな。この世界ではピーターがオズコープの悪行を暴こうとしたものの殺されて、ハリーがピーターの意思をついでる様子。その行動が遂に暴かれた時・・・という所でスパイダーゲドンに続きますが、本編見ただけでは何こいつとしか思わなかったキャラが、実はこうだったというのは実にサイドストーリーっぽい。

 


■スーペリア・オクトパス #1
 クリストス・ゲイジ(作)マイク・ホーソーン(画)

スーペリアオクトパス編。
NYじゃなくLAを拠点にしてるっぽい。本人曰くLAにはロクなヒーローが居ないという事ですが、実際A級ヴィランからヒーロー転向した超天才なので頭一つ抜けてる感じが否定できない。元ヴィランらしく憎たらしいんだけど、言ってる事は正しいみたいなの面白いキャラクター付けだと思います。

ゲドン本編での活躍もそうでしたが、このキャラの活躍をもっと読みたいと思わせてくれるのは上手くいったリニューアルじゃないかと。

 

こっからは1話で3~4キャラに焦点を当てる更に細かいシリーズ
■ヴォルト・オブ・スパイダーズ #1

 ▼ザ・ウェブスリンガー
  カレン・バン(作)スコット・コブリッシュ(画)
 西部劇版スパイダーマン
レトロな作風の中で結構ドラマや設定もしっかり作ってある

 ▼最終銀河戦
  ジェド・マッケイ(作)シェルドン・ベラ、(画)
 東映スパイダーマンのその後を描いた児童誌のコミカライズ版という位置付けの78話という設定。どこまで拘ってるんだ。モノクロで擬音もアリ日本の漫画スタイル。ただこれ、アメコミ基本の左開きのページ構成で、セリフを立て読みなので実はメチャメチャ読みにくい。ただ一見の価値ありなのは間違いない。本編では出番の無かったGP-7もアリ。

 ▼スパイダーバイト
  ニラ・マグルーダー(作)アルバート・アルバカーク(画)
 電子世界のスパイダーマン
ただのネットゲーでスパイダーマンの格好をしてるだけじゃないのか?という気がしないでもないけど、能力ありきでそういう事が出来てるのかも。

 ▼サヴェッジ・スパイダーマン
  ジェームズ・アスマス(作)ホアン・ゲデオン(画)
 サベッジランドバージョンのスパイダーマン
 ケイザーはクレイブンと合わさって敵になってる。ピーターの両親を始末したキングピンへ正義の裁きを下すという短いながら上手くまとまった話で面白い。


■ヴォルト・オブ・スパイダーズ #2

 ▼スパイダーズマン
  カレン・バン(作)マーク・バグリー(画)
 蜘蛛の集合体にピーターの意識が乗り移ったというちょっと気持ち悪い設定。スワンプシングみたいな感じ。敵もゴブリン軍団と集合体を意識してある感じか。設定的には凄く面白いけど、これの続きを読みたいかと言うとちょっと勘弁してほしいキモさ。  

 ▼スペクタキュラー・スパイダーマム!
  ライアン・ノース(作)デビッド・ウィリアムズ(画)
 こちらは先ほどのベンおじさんの逆でメイおばさんがスパイダーマンになってる世界。元々「ホワット・イフ」で描かれたのが初出のようですがその延長の話で、ベンとピーターにも秘密を打ち明け、3人でチームとして頑張ってるのが面白い。敵もバルチャーとシルバー世代を意識してあってテーマやオチが凄く秀逸。短編としてメチャメチャ完成度高くないかこれ?


 ▼ザ・スパイダー
  ジョフリー・ソーン(作)トッド・ハリス(画)
 こちらはグウェンの父親、ジョージ・ステイシーが覆面をかぶり刑事では出来ない事をやるという渋い一作。映画の「アメイジングスパイダーマン」の方には出てたし、初期のストーリーではグウェンだけでなくお父さんも重要なキャラでしたしね。


という事で以上が「エッジ・オブ・スパイダーゲドン」でした。
本編で出てくるキャラばかりでしたし、前作のスパイダーバースの時の短編は正直そんなに面白い物でもなかった気がしましたが、今回の奴は物凄く面白かった。

短編として物凄く面白いスパイダーパンクとかスパイダーマムもあればやっぱり東映特撮版を漫画として描いた奴は一見の価値ありだし、ペニーちゃんの話とか、スーペリアオクトパスも普通に面白かった。そんなに期待しないで読んだのもあってか、満足度は非常に高い一冊でした。

次は3冊目の「スパイダーゲドン:カバード・オプス」です。

 

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機動戦士ガンダム 逆襲のシャア

U.C.ガンダムBlu-rayライブラリーズ 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア

MOBILE SUIT GUNDAM Char's Counterattack
監督・脚本・原作:富野由悠季
日本映画 1988年
☆☆☆☆★

 

閃光のハサウェイ」前に見返そうかなとは思ってましたが、丁度youtubeガンダム公式チャンネルで配信があったのでついクリックして見てしまいました。「閃ハサ」冒頭15分先行公開もね、正直どうしようかな?映画館で少しでも楽しむ為にそっちはスルーで良いかな、とは思ったんですけど、(最近よくある冒頭のみ先行公開みたいなの基本的に見ない派なので)配信でEDから直結で入ってたので、ついつい見てしまった。

 

いやぁ~、閃ハサ、期待しか無いな。私は富野ファンですけど、富野に監督してほしかったと思う部分は多少ありつつも、富野演出って正直かなり独特な部分もあるので、富野の原作を違う人が作るっていう初の試みもそれはそれで新しい試みで凄く楽しみなんですよね。

 

スタッフインタビューなんかを読んでると凄く原作を読みこんでそのテイストみたいなのを生かそうとしてるみたいだし、ただガワとしてガンダムの一つの歴史だけなぞって今風にわかりやすくしちゃうとかではなさそうで、今回の冒頭15分だけを見てもね、いわゆるアニメアニメしたものでなく、洋画とかドラマっぽい方向の演出でメチャメチャ良かった。ハサウェイ、ギギ、ケネスそれぞれの一筋縄ではいかない感じのキャラクター造形が凄い面白い。そこだけじゃなく、原作では描写の無いギャプランを使うとかこれ「ガイアギア」もちょっと意識してるよな、とオタク的にも嬉しく、「閃光のハサウェイ」の公開を楽しみに待ちたいと思います。

 


そんなこんなで「逆襲のシャア」です。
DVD持ってますし、昔はVHSも廉価版出た時に買った記憶があるな。多分、劇場公開の時は見て無かったはずですが、その後何回見たか憶えてないくらいには何度も見てる作品。

 

世代的にはね「F91」とか「Vガン」の方が個人的な思い入れは強いので、「逆シャア」には特別な思い入れというほどは無いのですが、いや~、でも面白いよね。ついつい見入ってしまうものがあります。

 

近年だと富野御大は「逆シャア」は戦闘シーンばっかり多くてロクな映画になってない的な事を言ってますが、ひたすら観念的だったり複雑な家族背景とかそっちに延々と行ってしまうより、多分ガンダムを見てる人はこれくらいのバランスが多分一番楽しい。押井ファンなら「パト2」だけど、ちゃんとメカのカッコいいシーンもある「パト1」の方が普通の人には面白いだろう的なのと近い感じ。

 

アニメ業界、一部の映画業界でも「逆シャア」って結構参考にすべきお手本的な作品とされてるらしいのですが、いきなり冒頭からすぐ戦闘シーンとかに入ってグッと掴まれるんですよね。そこでクェスとかハサウェイの設定背景とかをバックグランドとして重ねてたりする。そこがやっぱ作りとして凄く上手い。

 

アムロとシャアのディスカッション(?)的な奴が、その冒頭、ロンデニオンで生身で合った時、一応ラストバトルで続いては居ますが、最後のνガンダムVSサザビーの時と、MS降りてアクシズ内で生身で戦うのと、さらに最後のアクシズ押してる時と、何度も繰り替えされるのがちょっと多すぎかなとは思う。「エゴだよそれは」ってセリフどのパートだったっけ?って区別がつかなくなっちゃうくらい。でも逆を言えばそれくらいアムロとシャアの物語として全編通してそこを散りばめて作ってあるわけで、それが作品として一つのカラーになったし、凄く逆シャアらしい部分だよな、と思う。

 

それでいてちゃんとハサウェイ、クェス、ギュネイと次の世代も入れてあるのがとても富野っぽい。

 

「F91」の感想の時に、TVシリーズに繋げるつもりだった名残か、スペークアークのクルーとかシーブックの学友周りでやたらと名前のあるキャラが多いって書きましたけど、富野って物語の為の人物配置じゃなく、まず先に人を置いてしまって、あとはそこでキャラがどう動いていくかそのキャラしだいっていう作り方をしてます。それが上手く行く時と、必ずしも上手くは動かなかったりする時とかがある。

 

この辺はファーストとかイデオンの時の富野メモを見ると書いてあるのでわかりますが、メインの話の他に「今回は背景で誰誰の話を進める」みたいな事が書いてあったりします。

 

逆シャアってそこが少ないから結構見やすい。ジオン側にレズン、連邦側にケーラとかアムロとシャア以外のエースパイロットを配置していながら、あっさり死んだりするのは多分そこで配置だけはしておきつつ、映画の短い尺ではノイズになりかねないという判断ですよね。「F91」だとザビーネはともかく、アンナマリーとか一般的な監督なら絶対に入れない要素ですし。

 

で、見やすさって結構大事で、宇宙世紀におけるアムロとシャアの関係って何気に「Zガンダム」の時代も結構重要だと思うんですけど、Z時代の事って逆シャア映画内だと一言二言で済ませちゃう。ここがね、Zも私は好きなのでちょっと残念に思う反面、スッキリしてて良いなとも思ったりする。

 

個人的にはね、シャアもZの時に「新しい時代を作るのは老人では無い!」ってカミーユら次の世代に一度は託したと思うんですけど、結局カミーユも時代に潰されてしまったと。だからこそ自分達で責任をつけるしかないなってなったのが逆シャアでのシャアの行動理念で、ただ作品として「Z」まで絡めちゃうとわかりにくくなるから、映画は映画でハサウェイ、クェス、ギュネイら次の世代を描いておいて、でもそこはカミーユの代わりだから、悲劇に終わらざるを得ない。

 

この辺の構造が面白いし、更に言えばそれが「閃光のハサウェイ」に繋がっちゃうわけで、まさしくガンダムサーガのメチャメチャ面白い部分だよなと思う。

 

あのサイコフレームの光は何だったのか?なんて所を描く「UC」よりも、ドラマとして系譜が見える「閃ハサ」の方に私は期待しちゃうなぁ。

 

つーかサイコフレームって私の中では結構なノイズで、昔はあれって何なのか実はよくわかりませんでした。チェーンが持ってた試作型のサンプルが何か特別なスペシャルアイテムなのか?って子供の頃は思ってた。あの意味ありげにくるくる~って回るエフェクトが富野のTなんだっていうネタは好きなんですけど、要はあれって拡声器というか電波中継基地程度のものなんですよね。「サイコフレームが多い方がアムロに有利なんです」ってチェーンが言ってたし。で、それがアムロの意思を周りに伝えるという所に繋がるわけですが、あのT型のエフェクトに子供の頃は騙されました。だからそこだけ何度見ても変な演出だなぁとひっかかるポイントです。

 

あとサザビーの脱出ポッドでけぇとか、あのジェガンにはユウ・カジマが乗ってるんだなとか色々と細かく見て行くとキリがない。BGMも染みる事染みる事。しっかし30年以上前の作品ながら、今見ても普通に面白いって流石。


環境問題とかはいかにもあの時代のムーブという感じはするけど、アムロとシャアの決着というだけで全然見られるし、ガンダム好きな人なんて大概はオッサンでしょうから、アラサー問題も全く気にならずに、むしろ少年では無く社会人の方がすんなり見られて楽しい。

 

逆シャア、今見ても最高に面白い作品でした。

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