MOBILE SUIT GUNDAM THE ORIGIN Mobile Suit Discovery Cucuruz Doan's Island
漫画:おおのじゅんじ
刊:角川書店 角川コミックス・エース 全5巻(2016-19年)
☆☆☆☆★
安彦良和「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」版の世界観で展開する、おそらく2020年現在では唯一のサイドストーリースピンオフ。
しっかし元の宇宙世紀の他に現在では「オリジン版」と「サンダーボルト版」とか大まかには同じだけど微妙に設定が異なる別物のアナザーガンダムとは違う別アース版みたいなものまで増えてきて、マルチバース化まであと一歩という感じです。
あ、いや「ガンダムEXA」は実際にマルチバースとして描いてたっけ。
ガンダム、恐ろしい子。
という事で「ククルス・ドアンの島」です。
一応整理しておくと、TV版「機動戦士ガンダム」の15話が「ククルス・ドアンの島」。ジオンの脱走兵ククルス・ドアンとアムロが合う話ですが、シリーズ全体のメインストーリー上は重要な話ではないので劇場版では完全にカット。
しかも作画がすさまじく崩壊してる上、偵察機のルッグンにザクがつかまって飛んだり、モビルスーツ同士の格闘戦を見せてやるとか言ってザク同士で殴り合ったり岩投げたりと、なかなか強烈な描写も満載で、ネタ的に語られる事の多い1本。
(ファミコン版「SDガンダム カプセル戦記」でもクルクルドアンノシマというマップがあってネタにされてたので印象に残ってるものあります)
安彦版「ジ・オリジン」でも劇場版同様にそのエピソードは飛ばされたのですが、オリジンの世界でも画面に描かれていないだけでドアンは存在していて、TV版と同様に脱走兵になっていた、という発想で描かれたのがこの作品。
ただ、TV版の話をリメイクするとかではなく、脱走したドアンが率いていた部隊の残された兵側を描き、ドアンが主役でもなければアムロも登場しないという、作品を成立する設定背景だけで初心者おいてけぼりな感じが凄いこの作品。
とは言え、そんな背景を知らずとも単品で全然読めるのでそこはご安心。
元々のTV版「ククルス・ドアンの島」って、ただネタとして消費されてる事に私は昔から異を唱えてきてます。確かに変なとこいっぱいありますよ。私だってあれは名作回だったとまでは言いません。でも脱走兵を描く話ってテーマとしては面白い話だったりしません?
当時としては珍しく、アニメの中で戦争を今までよりもう少しリアルに描いてみようってなった時に、戦争に嫌気がさして脱走する兵士の話をやってみよう、という発想は少しもおかしくないし、タムラさんの「塩が足らんのですよ」と同じように戦争の中の一つのエピソードとしては秀逸じゃないですか?
そこを考えると、脱走した隊長が居た部隊の残された部下は一体何を思うのか?周りにどういった扱いを受けるのか?という発想で描かれる今作は、私にとっては物凄く面白い素材でした。
作者の意図はどこにあるのかはわかりませんが、漫画版の脚本をやってるわけでもないのにオリジナルの「ククルス・ドアンの島」の脚本を担当した荒木さんのインタビューを1巻の巻末に載せてるのはもう流石としか言いようがないです。ちゃんとわかってる人が、わかってる人向けに描いてる作品なんだろうな、と思えました。
オリジン版MSVでもある「MSD」の機体を消化しつつ、一応少年漫画っぽくヴァシリーという主人公を軸にして、部下、戦友、兄の心の内、軍人としてどうあるべきか等々、そしてドアンが何故脱走にまで至ったのかの核心をサスペンスとして、ドラマとして掘り下げてある。
この人の作品は前作の「機動戦士ガンダム外伝ミッシングリンク」ぐらいしか読んで無かったのですが、ミッシングリンクってこんな深かったっけ?つまらなかった印象は無いですが、ここまで凄い漫画が描ける人とは思ってませんでした。ミッシングリンク読みなおそうかな。
そうそう、今回はオリジン版というのもありますが、安易にミッシングリンクのキャラとか出さなかったのも良かったと思います。ガンオタとしてはそういうリンクって楽しみの一つであるし、また自分も好きですので否定は出来ませんが、今回はオリジン版の世界ならこういう路線だよねって、安彦っぽく政治要素も強めだったりと、すごく世界観に合ってました。ヤル・マルなんかもやっさんが描くカイのイメージですよね。
今はガンダムエースで次の作品の「F91プリクエル」の連載が始まりましたが、そちらもより楽しみになってきました。最初は安彦コピー絵っぽくて、そこはどうなのとちょっと思ってた部分はあったんですが、ことF91に関してはこの人が適任かと。やっさん絶対に「F91」なんて描くわけないし。
富野小説版「F91」の映画前の前日譚部分がベースなんでしょうけど、どうせならプリクエルだけでなく本編や、はたまたその後まで描いてくれると嬉しいのですが、どうなるものでしょうか。
つか「ククルスドアン」が安彦っぽさを出してきたように、「F91」では富野っぽさを合わせて出してきたりするのかしら?そこにも注目です。
と、ここまで大絶賛してきましたが、多少の難点を挙げるとすると、ドアンの本心と言う物語の核を最後に持ってくる為にか、時間軸が前後に何度も変わりすぎてそこがちょっと読みにくかったのと、ガンダム強すぎ問題。
局地型ガンダム?ガンダムFSD?最後のはヘビーガンダムなのかな?(その辺の設定集とか巻末につけてほしかったです)やたらとガンダムと遭遇しまくるし、全5巻の表紙全てにガンダムって流石にやりすぎ。
しかもガンダムやたらと強い。いやジオン側にとってはそれくらいの脅威で、パイロットも一切見せない辺りはより恐怖感を増して良いのですけど、アムロのガンダムでもないのにここまで強いのかと。局地型ってオリジン世界における陸戦型ガンダムみたいなもんでもないのかな?つか10年後くらいにはガンダム側の視点の話が描かれてそう。
何はともあれ、久々にこれは良く出来てる!ってガンダム漫画に出会えました。
どのガンダム漫画もそこそこには楽しんでますが、大概は新しい設定とか機体で興味を引いてるものがほとんどで、ガンダム内世界の拡張みたいなものを楽しんでるという面が強いのですが、同じように見える掘り下げでもちょっと違うベクトルを持ってるのと、丁寧なドラマの作り方で凄く面白い作品でした。
そういう視点でガンダム漫画を楽しんでる人はあまり見かけませんので、世間一般的にはよくある外伝の一本として消費されるだけでしょうけど、私はこの作品、断固として支持します。凄く面白かったよ。