僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

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機動戦士ガンダム 逆襲のシャア BEYOND THE TIME

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア BEYOND THE TIME (1) (角川コミックス・エース 137-8)

MOBILE SUIT GUNDAM Char's Counterattack BEYOND THE TIME
著:久織ちまき シナリオ:本田雅也
刊:角川書店 角川コミックス・エース 全2巻(2010-11年連載)
☆☆

 

逆襲のシャア」関連作・・・の前にまず「閃光のハサウェイ」アニメの話から。ハサウェイ役の声優が佐々木望から変更になってしまいました。個人的にはガッカリしてます。鬼籍に入られたとかならともかく、現役でやってるんですし、若い人向けの新しいコンテンツじゃないんだから変えてほしくはなかった。「閃ハサ」はいくら何でもあのラストは変えないだろうし、バナージみたいに今後その後の時代の作品にも繋げるとかなら、若い人にキャスト変更もまだわかるのですが、どういう事?というのが最初の印象。

 

でも、その後ふと考えました。うん、逆に言えばアニメ版閃ハサはラスト変えてくるから新しいキャストに変えたのかと。ハサウェイが銃殺刑みたいな所までは同じにしつつ、最後何かしらの理由で救済が入ってハサウェイはきっと生き延びます。そして予定されている「UC2」にも多少なりとも絡んでくるんだろうと思います。アベンジャーズ方式で「UC」「NT」「閃ハサ」全部をを繋げてくる。その為のキャスト変更なのだとここで予想しておきます。さあ、5年後とかにこの予想はどうなってるでしょう?
ズバリ当たってたら褒めて下さい。外れてたらスルーでよろしく。

 

とゆー所で今回の「BEYOND THE TIME」です。
作画の久織ちまきSEED DESTINYアスラン視点で描いた「THE EDGE」が良作で、今は「聖闘士星矢」の外伝「セインティア翔」連載中。アニメ版は正直無かった事にしておきたい出来でしたが、漫画はとても好きで単行本出るたびに楽しみに読んでます。

 

今回は一応、ナナイ・ミゲル視点の「逆襲のシャア」という形ですが、映画ラストのアクシズショックでサイコフレームの光があふれ出す中で、ナナイが自分の幼いころからの過去の記憶を巡る、というような構成。

 

確かにナナイはメインキャラでありながら、掘り下げが全くされていないキャラでしたので、これはこれで興味深いし、映画内で描かれた印象的ないくつかの特徴的な描写から、あれはこういった過去があったからなんだよ、という視点の広げ方はこれまでも外伝物ばかり描いてきた久織ちまきらしい面白い部分ではあります。

 

「大佐の命が吸われていきます」で涙するナナイって、あれ?割とこれまで強気な女(嫉妬心も含めて)っぽかったけど、そこで泣くんだ?そこまで情が深かったって事かと結構印象的です。

 

そりゃ恋人関係なんだからそうだろうとは思うけど、ハマーンと同じく榊原さんの声の印象で、ただ強い女っぽい印象はあるけど、そうでもないのかな、っていう多少違和感も残る。その詳しい所まではわからないけど、っていうのがいかにも富野的である半面、一人の人間としてどういう人だったんだろうな?というそこからの掘り下げも十分に出来そうな部分ではあります。

 

元はオーガスタの被験者側だった少女が、そこでの悲劇の後にそれをきっかけとしてやがては研究者として成長していき、世の中の酸いも甘いも経験して大人の女性になっていく姿は全2巻という短い話しながらも、構成としては上手く出来てると思います。

 

「CDA」で出てきた兄のジョルジョとか、オーガスタでのジム・カンヌは「エコール・デュ・シエル」が初出だったり、同じダムエー漫画への目配せをしつつ、「Z」のローレン・ナカモトなんかも登場。外伝漫画はそこがメインでは無いにせよ、ゲストとか設定や時間軸上の繋がりとかあるとやっぱり楽しいですよね。映画にちょっとだけ出てたインドのクリスチーナとかも拾ってくれてるのは面白い部分。

 

で、問題なのがサイコフレームとかニュータイプの解釈。「UC」とか「NT」で福井が定義しなおしたニュータイプ論もずいぶんなトンデモで、私は全く乗れてないのですが、この作品はそれ以前の作品ですので(UCの原作はこの時点で終了してましたが、福井がニュータイプは時間軸に干渉できる能力でうんぬん言い始めたのはアニメ後なので)2巻の巻末でちまきとシナリオの人の対談での解釈が、結構独特です。

 

震災を経験した際に、ツイッターサイコフレームと共通する部分があるように思えて、そういった事を作品で描こうとしたとか何とか。う~ん、正直よくわからん。

 

サイコフレームは単純に言うと能力を拡大するものなのですが、NT能力が無い普通の人でも他人の心が覗けてしまう。この人は実はこんな事を考えていたんだ、っていうのが見えちゃうので、それをツイッターっぽいと称しているんだと思う。多分。

 

で、そういった事から、ナナイ側からは見えていなかったシャアの本心をサイコフレームのおかげで知ってしまう、というドラマになっている。

 

基本的に私はツイッターって嫌いな人なので、基本的にはブログ更新のお知らせでしか今は使ってない。私個人の印象として、ツイッターって「安易なもの」のイメージが強くて200文字(400だっけ?)程度じゃその本意が伝わらないと思ってるし(だからこうして延々と長いブログを書くのです)誰かの書いた言葉を、まるで自分の事のようにリツイートしてるの見ると、え~そこはちゃんと自分の言葉で書こうよと思う方。なので、ツイッターにあまり良いイメージ持ってないのです。


例えばツイッター、あるいはサイコフレームでその人の一部が覗けるわけじゃないですか、もしそれが本心であったのだとしても、その本心に至るまでの過程っていうのが実際は果てしなく広がってるわけで、結局はその言葉も全体の一部でしかない。

 

ナナイがあの瞬間、何を思ったのか、それを説明する為にわざわざナナイの半生を漫画で描いてるわけですよね。だったらそれと同じように、ツイッターでもサイコフレームでも覗いたほんのわずかな部分なんて、その人の半生というかそこに至るまでの文脈がなければその真意なんてわかんないよねっていう話。

 

まあ、シャアの半生はそれこそ「ジ・オリジン」で幼少期の頃から今は描かれてるので、読者はわかるよね、っていう事なのかもしれませんが、果たしてナナイはそこを実際理解していたのか?っていう。

 

逆襲のシャア」の本編では一切触れられませんが、私は「Z」の時代に一度は次の若い世代へシャアは希望を託そうとしたと思うんですよね。でも近くに居たその若い世代のカミーユがあんな結末を迎える事になってしまった。(TV版の話です)それがあるからこそ、シャアはもう強硬策に出るしかなかったんだよ。でもそれが本当に正しい事なのかシャアは自分でも測りかねてる部分があるからこそ、アムロに同等の力を持ってもらって、もしそこでアムロに止められてしまうのなら、それはそれで本望、というのが逆シャアにおけるシャアの本意だった、というのが私の解釈です。


なので、こちらの「BEYOND THE TIME」はナナイの一方的な視点を描いてるだけに終始しちゃってるような印象が強くて、ちょっと、う~んという感じでした。これはナナイ個人の掘り下げであって、「逆襲のシャア」を別の視点から掘り下げる、というような作品ではないのかなと。まあ対談を読んでると実際それぐらいの規模に留めるつもりではあったようですが。

 

決してダメな作品とは思いませんが、え?シャアって囲碁とかやるの?みたいな変なとこも気になっちゃっいましたし、話の構成のアイデアとか悪くは無いだけに若干微妙でした。

 

そもそも、元々の富野のニュータイプって、逆シャア本編でもインドのクリスチーナどうこうとか、ララァ・スンがインド系というのでもわかりますが、ニューエイジ思想が元になってるんですよね。で、安彦はそういうの大嫌いな人なのでそこを含めてニュータイプなんてロクなもんじゃねえぞって言っているわけです。

 

福井みたいなトンデモ解釈はいりませんが、安彦さんが捉えているような現実や時代背景に根差した部分も加味して、もう一ランク上のニュータイプ論っていうの多分出来るはずと私は思ってます。要はアラン・ムーアウォッチメンみたいな作品がまだガンダムには無いのよね。将来的にそういう作家さんも出てくれるんじゃないかなと私はひそかに期待してます。

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア BEYOND THE TIME (2) (角川コミックス・エース 137-9)