僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

見たもの読んだものなどの簡単な記録と感想のチラシ裏系ブログ

デカダンス

【Amazon.co.jp限定】デカダンス Blu-ray BOX 上巻( 早期予約特典:キャラクター原案pomodorosa描き下ろしA3 クリアポスター付 )( 全巻購入特典:アニメ描き下ろしイラスト使用B2タペストリー引き換えシリアルコード )

DEKA-DANCE
監督:立川 譲  脚本・シリーズ構成:瀬古浩司
TVアニメ 日本 2020 全12話
☆☆☆☆☆

生きる世界は自分が決める

 

ニコニコ動画で毎回楽しみに見ている&参加しているマクガイヤーチャンネルのアシスタントの那瀬ひとみさんからの持ち込み企画で「デカダンス」回をやるとの事。タイトルすら初耳でしたし、世間ではさほど話題になっている感じでも無さそうですが、最終回に合わせて丁度良く無料で全話配信やってたので見てみました。

 

荒廃したディトピア世界で、巨大モンスター相手に無重力アクションと、何これ「進撃の巨人」のフォロワー作品なのかな?「移動都市モータルエンジン」?「ヘヴィーオブジェクト」?くらいの1話目でしたが、2話目で実はこの世界は・・・とひっくり返る構成。まあその部分に関しては、へぇ~ちょっと捻った作品なんだね、くらいの感覚で見てたのですが、話が進むほどに、その設定では無く作品そのものの根幹にあるテーマ性に惹かれて行きました。

 

おお~これは面白いじゃないですか。いわゆるセカイ系の対極にある感じのシャカイ系作品という感じ。


ヒーローの再構築と現代に合わせたアップデートをしつつ、思いっきり社会学をテーマにやってた「ガッチャマンクラウズ」とか私大好きな作品なんですよ。キャラクターとかはそんなに好きにはなれなかったものの、話が凄く面白かった。それと結構近いものを感じました。要は私のツボにすごくハマる作品。

 

進撃のフォロワー作品っていうのも、何も見た目だけじゃなくて、あそこで言う「壁」って、この停滞した世の中にある行き詰った感覚みたいなものを「巨大な壁」として表現してた作品でしたよね、確か。(実は進撃は途中で離脱しちゃったのでその後の詳しい展開は知らないですが、町山版とかもその辺りは描いてたしね)

 

この作品の移動都市デカダンスの壁も、単純な防御壁とかじゃなく、時代の閉塞感、何かに対する諦め、現状維持の価値観みたいなものを表現してました。まあある種のATフィールドですよね。


じゃあその壁をどう乗り越えていくのか?というのを描いていて、そこは「進撃の巨人」にも勿論通じる部分ではあるのですが、そこを単純にパクリとしてではなく、あのテーマだったら自分はこう描くのに!みたいなのがちゃんと伝わってくる作品で、そこがまず面白い。

 

このアイデアは自分も先に考えた他のに、先を越されちゃった!みたいなのって実際に何か作品を作ってるかどうかに関わらず、よくあるじゃないですか?で、あれは盗作だとか騒ぎだす人も稀には居ますが、そこは実際に自分だったらもっとこう描くぜ!っていうのを出しちゃえばいい話。

 

そんなの手塚治虫だって散々やってきたわけですし。そこでで展開のアイデアなりまとめ方を何種類か思いついたら、だったらこれ現代劇と時代劇とSFにして3本も描けるぞ!ってやってたのが手塚です。だからアイデアのストックは無限にあるとかあの人は言ってたわけで、自分だったらこうするのに!は創作の根源としてとても大切なものです。

 

ここから色々とデカダンスのネタバレありきで書いていきますので、何も知らずに作品を見たいって方は、まず作品の方を是非ごらんになられて下さい。そのあと戻ってきてまたここ読んでくれたら嬉しい。

 

2話で実はこの世界はコンピューターが支配する世界で、その中で絶滅種の僅かな生き残りの人間が、その真実も知らされないままコンピューターの娯楽として生かされていた、みたいな事が明かされます。

 

個人的によくわかんなかった所なんですけど、カブラギとかドナテロとか「サイボーグ」って言われてましたよね?私の中ではサイボーグって、生身の人間を機械に置き換えて半人・半機械みたいなイメージなんですけど(少なくとも脳のみくらいは生身のイメージ。「銃夢」のガリィみたいな)、作品内のみの感じだと、カブラギとかサイボーグじゃなく私が考える所の「ロボット」な気がするんですが、そこはどうなんでしょう?

あれって生身の脳じゃなくAIとかじゃないのかな?なので、私の文章の中ではあのアイコニックな人間じゃ無い人達は「ロボット」であり全てが「機械」であり考えているのはあくまで「AI」であると認識しているとお考え下さい。

 

もしこの前提そのものが間違ってたらゴメンなさい。その場合、結構的外れな事を書いてしまう可能性もあるので、その時は笑って許して下さいな。

 

で、そういうロボットなりコンピューターが管理する社会だからこそ、ルールに従わないもの、規範から外れた考えをもつ存在を「バグ」と呼称する。ここが面白くって、それを実際の人間の社会にも当てはめて考えてあるんですよね。他人と違う事をしようとするちょっと変わった人間を「バグってる」と言ってしまうと。そこが今風で面白い。

 

今の自民が牛耳ってる世の中だと、れいわとか極端なのはともかく、共産党も立憲民主も、ああいう自民の管理社会にいちゃもんつけてくる人達は全員バグと呼ばれる存在なわけです。N党とか維新は私もあんなのはただのバグで良いと思っちゃうけど。

 

まあ、政治に絡めなくても、人と違う事をしようとする人達を潰そうとする同調圧力って日本は凄くありますよね。(ガッチャマンクラウズはその辺りをテーマにしてました)村社会だから、島国文化だからっていうのも当然あるんでしょうけど、そういう閉じた世界で構わないんだっていう空気。

 

でも、「これおかしいんじゃね?」と最初に声を上げる人とか、現状を変えようと最初の一歩を踏み出すような人って、やっぱりちょっと変わってるのも確かで、まさしく世の中に対する「バグ」と言えるような存在だよな、と妙に感心してしまいました。

 

私もどちらかと言えば、他人と同じなんて逆に個性が無い人間に思えて逆に同じなんて恥ずかしいと思う方の人ですし、これは私自身の話じゃないですけど、知人で世の中を変える為には結局政治の方に行くしかないかなって本当に政治家になっちゃった人とかも居て、その人の事は凄く尊敬しています。

 

管理社会から見たらそりゃバグでしょうけど、それの何がいけないのさ?どんどん声あげてこうよ、見えない壁なんかぶっ壊してしまえ!と思う。

 

でも、現状維持派の人の気持ちもわからなくはないんですよね。いかにもな一般市民の代表として出てきたフェイの言う事もね、裕福では無いかもしんないけど、とりあえず食っていけて、一緒におしゃべりしてれば楽しいじゃない?死んじゃったらそれも出来ないよ、私はあなたに生きていてほしい、出来もしない事に立ち向かうなんてバカだ、的なのもまあ確かにその通りで、アニメとかお話だとどうしても革命児とかの方が派手に映るし物語にもなりえるけど、大半の人はやっぱりそっち側、フェイに近い人達なんだと思う。

 

そこを軟弱だ!革命を起こせ!とかいう感じで描くのではなく、フェイもそうだし、カブラギのフレンズミナトとか、ターキーとか、そっち側の人達も対比として物凄く丁寧に描いてあるのがデカダンスの凄く良いとこだと思う。

 

そもそもの「デカダンス」って単語は作中だと巨大要塞の名前として使ってましたけど、デカダン主義とかそっちの方の世の中では本来の意味として使われてる方のデカダンスからタイトルを持ってきてるわけですよね。退廃主義とかそこに美を見出そうとする意識だとか。

 

どうせ世の中いくら頑張ったって世界がひっくり返るわけじゃないでしょ?革命なんて無理無理。適度に刺激のあるゲームとかやってさ、この滅びゆく世界の中を楽しもうよ、的な。う~ん、デカダンだなそれ、みたいな。

 

ちょっと偏見かもしれないし、こういう言い方も良くないのかもしれないけど、深夜アニメとか楽しんでる人って、基本的にそういう人達がメインだったりしません?そんな人達は、このアニメどう観たのかな?ってちょっと興味がある。まあさほど話題にはなってないようなので、そういう事なのかなとは思いますけれど。

 

で、その丁寧さが色々な所で感じられて面白くって、ドナテロは本当にただお祭り騒ぎに乗るだけの人でしたし(居るよねこういう人も)最終的にお話としては革命に至るわけですけど、その流れとしてね、まずナツメが何故変わりたかったのかと言えば、クレナイさんに憧れたからなんですよね。アバターじゃなく生身の人間なのに、あんな事が出来て凄い、自分もあんな風になりたいと。で、じゃあそのクレナイさんは何故あんな事をやってるのかと言えば、カブ様にあこがれたから。


カブラギにあこがれるクレナイが、クレナイにあこがれるナツメの心を動かして、そのナツメを見てカブラギの心が動かされると。この辺の作りが本当に上手く出来てるなぁと感心してしまいます。熱が伝わって行く過程みたいなのもそうですし、やっぱり最初は一人か二人くらいの心を動かすとこからこういうのは始まるんですよね。


扇動して一気にとかじゃなく。それでいてナツメも実は「変えたかったのは世界じゃ無く自分だったのに!」というドラマがあって、その辺りの描き方が本当に丁寧で面白いなぁと。

 

あと、またちょっと政治の話をしますけど「商売をするならお客様・取引先と政治と野球の話はするな」みたいなのってあるじゃないですか?それぞれ支持するものが違うから、余計なひと言がうっかり先方のご機嫌を損ねてしまうから、っていうのが理由です。これって昔は本当にちょっとした処世術程度のものだったと思うんですけど、それが今の世の中だと「政治の話はタブーだ」って単純化されてきていると思いません?

 

この作品と同じで、政治家である自分達はバカな市民を利用してるだけなので、若者が政治に関心とか持ってもらっては困る。管理される側の一般市民は無知で搾取されるだけの人間で居てほしいってお偉いさんは思ってますよきっと。そうやって空気読めとか言われて時代の変化と共に、どんどん管理社会進んでます。デカダンスの物語はアニメの中の架空の物語ではありません。ちゃんと今の時代をメタファーとして描いてる。

 

ただ、学生運動とか全共闘とか、革命とか言われても多分今の人はピンと来ないと思うんですよね。おっさんな私でさえよくわかりませんもの。

 

私はわからないからこそ、あれって一体何なんだろうと興味が持ててその手の映画とか好きで観に行ったりしてます。押井守とかずっと拘ってるし、逆にそれを白い目で見てる安彦良和とか、漫画版ゲッターロボでさえその辺の話から始まったりしてるし、一体あれなんだったのかなぁというのは個人的にとても興味が湧きます。色々映画見てるとあの時代は世界的に若者が革命を起こそうとしてる時代なので、そこの文脈を知らずに映画見るとか出来ないのもありますし、単純に一つの作品を点として見るんじゃ無く、色々繋げて線として見た方がずっと面白いっていうのもありますしね。

 

深夜アニメ見てデカダン主義に陥ってる人達には、そこら辺わかんないんだろうなと勝手に想像しつつ、アニメを作ってる方の中にこうして革命の残り香みたいなものが入っているという辺りが個人的にはメチャメチャ面白い。現実には革命とかもう叫ばなくなったけど、フィクションの中には残ってるんだなぁ、みたいな。

 

監督&脚本の方のインタビュー読んでて最高に面白かったんですけど、最初はこれ、ナツメとカブラギのダブル主人公として作ってたようなんです。でも最終話までのプロットが出来あがった後に、これ二人とも主人公として描くより、一人に絞った方がまとまりが出るんじゃないかということになって、最初の方の脚本に修正を加えていったそうなんです。これはカブラギが主人公の物語なんだと。

 

・・・いやいやいやいや。ちょっと待て。これ深夜アニメだって!
見てる方の気分からしたら、どう考えてもナツメの方を主人公にするべきじゃないかと。普通に考えたらおじさんの方を主役にしちゃダメなんじゃないの?うん、多分ナツメがメインじゃないと受けないと思うよ。結果としておじさんは最高に楽しませてもらったけど。

 

だって時代の閉塞感にデカダンスの祈りの形の鉄拳制裁で立ち向かってたんですよ最初は。でもそれじゃ敵を倒せない。なら祈りや鉄拳でぶっ飛ばすんじゃなくて、カブダンスは一点集中で穿つ!見えない壁に楔を打ち込むんだ!でパリーンと割れるとか、色々示唆してて本当に面白いじゃないですか。

 

最初はドリルなのかなと思いましたが、あれって楔ですよね。革命の話をしてるからか、最後はやってみる価値ありますぜとばかりに「逆シャア」オマージュのシーンまであっておっさんを泣かせに来ました。

 

でも最後にシステムは言うんですよね。バグも革命も想定内だと。


うん、そんなの知ってるよ。だって世の中の歴史はそういうのの繰り返しだよね。だから何?それはそっち側から見た歴史の俯瞰であって、俺は別に歴史作る為にやったわけじゃないけど、という感じで全く気にする様子もないカブラギ。


本当に変えたかったのは世界じゃない、自分を変えたかったんだ、とナツメの言葉に戻るわけです。

革命とは内なる心の変革だったと。お前は「三島VS東大全共闘」の芥さんか!

何これすげぇ面白いじゃん。

 

あのね、あの一見平和になった新しい世界でも、絶対に誰かは不満に思ってたり、何かしら問題って出てくると思うんですよ。停滞する時って必ず来るから。で、その時にまた誰かが革命とかをおこす。世界ってそういうのの繰り返しですよね。

でも、じゃあその中でお前は何をするんだ?っていう話。


また面白いのはナツメが世界の真実を知って動揺しちゃった時にクレナイさんが言うの。この世界は嘘で固められた世界かもしれないけど、あなたが見て感じた事は嘘じゃないでしょ?って。
作中で言う所のオンラインゲーム的なものかもしれないし、単純にこの作り物のアニメの事でも良いですよね。そこを決して否定しない上手さ!

 

いやなんかこれ凄くね?もうメチャメチャ面白かったよ。
正直言えば、デザインセンスとかはあまり好みではないのだけど(特にクリーチャーが)ここまで凄いもの見せつけられると、「ガンダムビルドダイバース」は一体何だったのよ?とついつい思ってしまいました。


「リライズ」の方が、「実は違う世界の現実と繋がっていました」だとか「管理者の意志が目覚めて排除しに来る」とか共通する要素結構あって、こういう世界でもこんな面白い描き方とかテーマ出来るんだなとつい比較してしまった。まああれはガンプラカッコ良ければそれが100%正義ですし、私もウォドムポッド欲しくなってる所なので、それはそれで良いのですが。

 

こんな世の中もうおかしいから革命起こそうぜ!という過激派な思想は無いのですが、もう資本主義の限界が来て根本的な見直しをやらないと、もうこの先は無いよね?システムから作り直さないともうどうにもならん、と私は考えてる人です。

 

まどかマギカ」のTVシリーズの方で、多分虚淵は現実を意図して描いたわけではなくて違う文脈や思想・意図からそこにたどり着いた感じだ思うんだけど、この世の中のシステムがおかしいっていうならそのシステムの根本からひっくり返さないと何も変わらないよ、的な結末に至るわけですよね。このまま搾取されるだけの世の中だったら私らは絶対幸せになんかなれないんだよ、もう革命起こすしか変えられる術は無い。みたいな。


あれって凄く時代を捉えてて、私はそういうとこもまどマギ好きな理由なんですが、先ほども書きましたがやっぱりこういうフィクションの中に革命の残り香みたいなのが感じられてちょっと面白いです。

 

安部政権から菅さんが引き継いで、これから管理社会はますます強まっていきますよ!こんな世の中では皆が幸せになんかなれっこ無いのです。社会から目を背けて、自分だけ逃げる事を肯定するセカイ系はやっぱり私にはちょっと受け入れがたい。まずは社会に目を向けて、次は選挙行きましょう。


とおじさんは思うのであった。

 

 

 

 

 

アナタハBUGニ、ニンテイサレマシタ、ハイジョヲオコナイマス


うわっ!逃げろっ

 


TVアニメ「デカダンス」本PV


TVアニメ『デカダンス』OPアニメ映像 鈴木このみ「Theater of Life」

あ~、OP見るとデカダンスの手が最初は何かを掴もうと天を向いてたり、ナツメの義手の拳も色々示唆的で面白いです。作りものの手でもちゃんと掴めるもの、繋げるものがある、みたいな感じかなぁ?

 


関連記事

curez.hatenablog.com