僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

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映画 ハピネスチャージプリキュア! 人形の国のバレリーナ

映画ハピネスチャージプリキュア!人形の国のバレリーナ DVD特装版

監督:今千秋 脚本:成田良美
日本映画 2014年
☆☆☆☆☆

 

プリキュア映画17作目。10周年記念作品として放送されたTVシリーズ11作目「ハピネスチャージプリキュア!」秋の単独映画。
ハピチャは11作目で「10周年記念作品」としてやったけど、後の「HUGっとプリキュア」では15作目で15周年記念だったりと、そこら辺はちょっと紛らわしいのでご注意を。

 

TVシリーズの「ハピネスチャージプリキュア!」としては、人気投票とかすると下位グループに入りがちで、あまり人気が無かったりはするのですが、それでも大概「映画は良かったけど」と付け加えられる事が多いくらい、映画単体としてはシリーズ屈指の名作として評価されている作品です。かと言ってTVシリーズはTVシリーズでちゃんとハピチャなりの見所はあるので、安易に駄作みたいに言わないであげて下さい。

 

そんな所で「人形の国バレリーナ
何でこんなに評価されてるのかと言えば、やっぱり「プリキュアだからって世の中の全ては救えない。プリキュアでも出来ない事がある」というのをストレートに描いた作品というのが大きいのかなと思います。

 

プリキュアって、シリーズ全部を繰り返し見たり、作り手の意図とかまで踏み込んで見てるような濃いマニアはともかく、日曜の朝になんとなく見ていて、「子供向けの割に意外と面白いよね」くらいの感覚の人の方が圧倒的に多いと思うんです。


そういう人にとってはプリキュアはキャラクターが死んだりとか重い展開はやらないし、結局は最後にプリキュアが世界を救っちゃうようなご都合主義的な部分はどうしてもあるよね。子供向けだし。みたいな感覚はどうしてもあると思う。

 

この映画も結果的にはご都合主義的に終わったりはするんですけど、それでも「プリキュアだからって何でも出来る神様じゃない。プリキュアにも出来ない事はあるんだよ」という部分をクローズアップして描いてある所に、え?プリキュアでこんな踏み込んだ話をやるんだ?っていう驚きと衝撃が大きかったのかなと思います。


私も劇場で最初に見た時は、今回は今までに無い所にちょっと踏み込んだ作品に思えて、これはちょっと凄くないか?と思った記憶があります。

 

各シリーズなりに、色々と踏みこんだり何かしらの挑戦ってそれぞれあるのですが、基本的に私はプリキュアをヒーロー物として見ている部分が大きいので、「例えヒーローでも全ては救えない」的な所、もうメチャメチャ心に響きました。

 

ただ、このテーマって、決してプリキュアという作品に対して現実の厳しさをアンチテーゼとしてぶつける、みたいな所からの着想では無いんですよね。

 

そもそもTVシリーズも含めて「ハピネスチャージプリキュア」は、見る角度によって幸せって違ってくるよね、というのを描こうとしたシリーズです。

 

バレエが好きだったつむぎちゃんの足が動かなくなってしまった。踊れない彼女はもう幸せにはなれないの?もしかしたら別の角度から見たらまた別の幸せが見えてくるかもしれない。みたいな事を描こうとした作品です。

 

つむぎちゃん本人は自分にとってはバレエが全てだと思っていた。足が動かなくなっても自分の子供の幸せを願ってくれるご両親が居るし、友達だって自分から遠ざけてしまっただけで、友達はちゃんとつむぎちゃんの事を大切に思っている、そういう所に気付く事が出来たら、自分から絶望や不幸の繭に閉じこもる必要は無くなるんじゃないかな?というのを描こうとしたと。

 

最初の構想では、足は治らないまま終わるつもりだったけど、見ている子供達にはちょっとわかりにくいし、映画を見終わった後に楽しい気持ちで家路につく感じでは無く、お母さんが説明しなきゃならなくなる感じだったので、明確に敵のブラックファングが原因だった事にして、つむぎちゃんの足も治る事に変更した、という事のようです。

 

この辺は「アニメージュ12月号増刊ハピネスチャージプリキュア!特別増刊号」

ハピネスチャージプリキュア! 特別増刊号 (アニメージュ2014年12月号増刊)

に詳しいので、そちらを是非。私も今回映画と共に読み返して、凄く良かった。

 

そもそも脚本の成田良美さん、ここまでの10年分のシリーズ全てで脚本やってる人ですし、TVシリーズの方でもハピチャはシリーズ構成やってます。

 

例えば「まどかマギカ」の虚淵みたいに、魔法少女物のアンチテーゼとして、そんなに現実は上手く行かないよ、みたいな外から言いたい事を好き勝手に言ったというのとはわけが違う。

 

10年シリーズをやってきた中の人が、その積み重ねがあるからこそ、ちょっと踏み込んで描いてみようと思った部分。

 

実はここ、TVシリーズの方とも重なる部分があって、キュアラブリー/愛乃めぐみのお母さんが病気を患っていて、中盤まではめぐみの行動理念が、願いの叶うプリカードを集めて、お母さんの病気を治してあげる事が行動理念になっています。


世界の平和と、個人の幸せのどちらを願うのか?みたいな究極の選択が待っていたと。ただ、そっちはそっちで流石に話が重すぎると、途中で路線変更になりました。

 

めぐみのお母さん、病気を患ってはいるものの、すぐに命に関わる程の重病じゃ無いし、薬や治療をしながら付きあって行けば、それなりに普通に生活は出来るし、お母さんはそんなに不幸じゃ無いわよ、という事になった。

 

たまにこの路線変更を批判する人も居るんですけど、個人的には逆に凄く面白い部分だと思っていて、勝手に不幸だと思っていたあの人が、本人的には実はそんな事無かった。というツイスト。

 

え?不幸って何?じゃあ幸せって何だろう?めぐみも自分が戦う目的を失って、ちょっと考えちゃうんですよね。ここが私はとても好き。

 

明確に何話と何話の間とかの設定はされていないのですが、映画の方は基本的にその流れ、延長にある。お母さんの件で迷って、じゃあそこで別の答えを見つけるのかと言えば、まだそこには至っていない。だからまた同じような間違いをおこして、そしてまた悩む。ここ、物凄く私は好きです。すごくめぐみらしい。

 

プリキュアって、たまに終盤とかにいきなり悟り出したような事を言い出す事があって、プリキュア説教とか稀に揶揄される事もあるのですが、それはそれで好きですし、面白い部分ではありつつ、例えば「スマイルプリキュア」なんかでは、そこは本当に正しい事を言うというよりも、もしかしたら浅墓に思えるかもしれないけど、中学生が考える中学生の女の子なりの等身大の答えだと思ってほしい、という感じで作られた作品もある。

或いは後の「スタートゥインクルプリキュア」では、プリキュアらしい「絶対に間違ってる」「絶対に許さない」的な「絶対」という言い方にあえて疑問を投げかけて「絶対」という言葉は極力使わないようにした、というような例もあります。

 

めぐみはね、凄く迂闊なの。最後につむぎちゃんと和解して、私はバレリーナになりたいっていう彼女に対して
「できるよ!つむぎちゃんなら絶対!」

ってつい簡単にまた言ってしまうラブリー。


逆につむぎちゃんの方がそんなラブリーに「言うのは簡単だよね」って、またこの人はって感じでちょっと苦笑して、それに気付いたラブリーも
「あっ、そうだね…みんな幸せハピネスになれたらいいんだけど…むずかしいなぁ」
って言うとこがさ~、絵の表情も声優の演技も極まってて、もう私はメチャメチャ好きです。

 

今まで10回以上はこの作品を繰り返し見てるんだけど、今まではその度にやっぱりクライマックス前の「助けるなんて無責任な事を言ってごめんなさい。どうしたらいいのかはわからないよ、プリキュアなのにね。でも、それでもつむぎちゃんを助けたいんだよ」っていうとこがもう号泣ポイントで一番好きなシーンだったのですが、流石に何度も見てその度に必ず泣きながら見て来ましたが、少し今は冷静に見れるようになったのか今回は初めて泣かずに見れたんですけど、先ほどの最後の所が今回は一番グッと来ました。

 

ああ、ラブリーだなぁ、こういうとこが凄くめぐみっぽいんだよなぁと思えてまた好きになれました。

 

めぐみはね、迂闊なの。凄く危ういの。
「HUGっとプリキュア」で、エールがチャラリートとの最終決戦で、一度はプリキュアの剣を生み出すものの、今必要なのは剣じゃない!と敵を打ち倒す「剣」を否定したのが、物凄~~~くプリキュアだなぁと思ってそこも好きなシーンですが、ライジングソードで剣をブンブン振り回すのはプリキュアの長い歴史の中でもラブリーだけだ。

 

「5」のキュアフルーレはあくまで必殺技を繰り出すものだし、スターライトフルーレとかアクアソードもあくまで剣戟の為に使っただけだ。キュアソードキュアベリーのベリーソードも実際は剣として使ってるわけじゃない。

 

そんな考えにまでは至らない感じの危ういラブリーが私はとても好き。幼さはきっと純粋無垢な良い部分だけじゃない、時に危うさも孕む。でも、そんな間違いや苦い経験を経て人は前に進む。その途上にある感じが他の60人も居るプリキュアの中でも彼女だけの個性だと私は思ってます。

 

これまた後の「HUGプリ」のアンリ君。彼みたいに、足は治らないけれども、それでもその中で自分の道を見つける、そういう方がより現実的かもしれない。実際に何かしらの怪我や病気で不自由を患ってる人がこの映画を見て、本当に励まされるのか?現実はこんなに上手く行かないよ、と思ってしまう可能性はある。

 

そういう意味では子供向けのご都合主義からは抜け出せていないのかもしれない。でも、それでも、ちょっと物事の見方を変えれば、また違う幸せに気付く事が出来るかもしれない、そういう作り手側の意図はくみ取ってあげたいなぁと思います。

 

めぐみじゃないけど「みんな幸せになれたらいいのにね、難しいなぁ」っていう気持ちは決して無駄じゃないと思いたい。

 

10年の積み重ねから生まれてきた疑問や挑戦、そしてこれからも続くプリキュアの歴史の中で、決して優等生では無いめぐみが居たっていいじゃない。それが彼女なんだから、と肯定せずにはいられません。

 

ついでと言ってはどうかとは思いますが、10年の積み重ねがある脚本の成田良美に対して監督の今千秋プリキュアではこれが唯一の監督作で、そもそも東映出身じゃなく、スタジオぴえろ出身。「ひぐらしの泣く頃に」「のだめカンタービレ」とか外で活躍してきた人で(ゴメンなさい私はどれも見てません)、プリキュアをやりたい!と前作「ドキドキプリキュア」のTVシリーズで序盤の数本を「いなばちあき」名義で演出で入ってます。

じゃあこの人が外から来て、プリキュアを外から見た視点で描いた事がこういう作風になった要因なのかと言えば意外とそんな事は無く、昔から東映ファンだったそうで、別方向に飛びぬけてくれました。

 

挿入歌シングルはプロデューサー側からの要望だったそうで、前作のドキ映画と同じく、しっとり系の泣かせる感じを想定していたそうですが、「劇場版セーラームーンR」の挿入歌みたいにクライマックスにかかるカッコいい曲を!とやったのが今千秋監督だそうで、スーパーハピネスラブリーも「聖闘士星矢」のクライマックスでゴールドクロスを纏う感じで!という感じが思いっきり出ていてとても面白い。

 

重めのテーマというだけでなく、その辺りの超絶燃えるポイントもこの映画の良さ。そしてプリンセスの恋の顛末とかもやっぱり楽しい。

 

何度見ても良い作品でした。
ハピネス注入 幸せチャージ!

 

さて次は・・・こちらの作品とは違って逆に厳しい評価しかなかなか出ない「春カニ」です。

 


『映画ハピネスチャージプリキュア!人形の国のバレリーナ』予告編

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