原題:THE EXORCIST: BELIEVER
監督・脚本:デヴィッド・ゴードン・グリーン
原作(キャラクター創造):ウィリアム・ピーター・ブラッティ
アメリカ映画 2023年
☆☆☆☆
シリーズ6作目。
エクソシストの名前のついてる作品は沢山あるものの、ウィリアム・フリードキン監督ウィリアム・ピーター・ブラッティ原作で1973年に映画化され、世界中にオカルトブームを巻き起こした「エクソシスト」の正規の続編扱いになっているのは、以降のナンバリングの「2」と「3」、後年になってから作られた先日譚エピソードゼロの「ビギニング」とその姉妹作の「ドミニオン」くらい。(ドミニオンもタイトルにエクソシスト入らないので微妙だけど登場人物が共通してるので)
古い作品の掘り起こしは常にありますし、ヒットしたホラーアイコン的な物は尚更リブートされやすい。今回のデヴィッド・ゴードン・グリーン監督も、同じホラーアイコンの「ハロウィン」を2018年から3部作のリブートを手掛け、好評を博したその手腕を買われ、今度は「エクソシスト」を新たに3部作としてリブート。
が!今回は興行的にも批評的にも失敗に終わり、おそらくはこの1本で終了。ただ結構な権利料を払った上での権利獲得だったらしいので、この先更にフランチャイズとして再リブートの可能性はありそう。
以前ブログにも書きましたが、私はフリードキン版「エクソシスト」1作目がオールタイムベスト10に入るくらいに好きで特別な作品。
なのでこの「信じる者」も第一報が入った時点から結構注目してて、公開時も見るつもりではいたけど、色々とバタバタしてる中で結果スルーしてしまいました。で、公開された後の評価が耳に入ってくると・・・散々な評価で酷評の嵐。興行成績的にも全然だったようで、まあ正直「でしょうね」と思ったのが正直な所。
1作目があまりに偉大な作品ですし、有名アイコンをまた引っ張ってきて商売しようっていう魂胆はまあ正直、上手く行くケースの方が稀。
しかも同じエクソシスト職業物として「ヴァチカンのエクソシスト」とか評判の良かったものもあるし、そもそも売れたから続編を作れるっていうタイプの作品じゃないしな。
「2」は無理矢理な後日譚だし、「ビギニング」(と「ドミニオン」)は無理矢理な前日譚でした。
2の出来に不満を持った原作者のブラッティが自らメガホンをとったのが「3」ですが、別の作品の「ティンクル・ティンクル・キラー・カーン」というのを含めて、神は存在するのか3部作みたいなテーマになってて、割と難解な話で、一般受けするようなシリーズでは無かった。
1作目がもう半世紀前、50年前の作品ですからね。フリードキンもブラッティも、もう亡くなられてしまった。そんな中で権利とビジネスで作られる作品がどんなものかなんて、観る前から想像出来そうなものじゃないですか。まったく・・・ねぇ?
そりゃあクソ映画にもな・・・ってあれ?
んんん?これは。
流石にこれを名作とは言い難いが、思った以上に真面目に作ってた。思った以上に真摯に「エクソシスト」という作品に向き合って作った誠実な作品でした。私はこういう作品をくさしたくないです。
色々と問題はあるけれど、ちゃんと現代性もある。
そもそもタイトルにある「信じる者」原題だとBELIEVER(ビリーバー)ですね。
オカルト界隈だと、信じる方と、信じない懐疑派側の二つに分かれます。信じる方の事をビリーバーとかビリーバーズっていうんですよね。
「エクソシスト」1作目の面白い部分は、基本的には悪魔憑きなんてない、それは科学や医学の発展していない昔の考えであって、今の時代はもうそんなものは無いと証明されているんだよ、精神疾患の一つでしか無いんだっていうのが世間一般どころか、教会側の見解でもあるわけです。
そうやって病院をたらいまわしにされて疲弊して行く姿をドキュメンタリータッチで描いたからこそ、リアリズムがあり、そんな状況の中でまさに藁にもすがる気持ちでエクシシズムの儀式を行う(教会側でさえ半分懐疑的な状況の中で)っていう所にあの作品の面白さがある。古来より神と悪魔は対立してきたんだって最初から信じちゃってる「ヴァチカンのエクソシスト」で、これ漫画じゃねーか!ってなるのはそのせい。
神も悪魔も居ないよ、全部それは科学や医学のロジックで説明できるし、ヴァチカンだって犯罪者集団でしょあんなの。みたいなイメージですよね、少なくともキリスト教が浸透して無い日本では。八百万の神様が居るというのが日本だけど、いや実際誰も神様なんて信じて無いでしょ。宗教の意味を理解して無い世間一般の人にとっては。
映画の中でもほんのちょろっとだけ触れられてたけど、事故で100人中99人が死んで、一人だけたまたま生き残ったら、その人は神様の存在を信じるようになります。それが神様という存在のロジックです。生き残ったのも偶然か或いは何かしらの状況がそうさせたんでしょうけど、それもまた理由があるロジックですよね。そういうものが支配しているこの世の中で、そりゃあ信仰心なんて失われて行って、必然的に神の力なんてのも弱まっていくでしょう。集団心理が作りだす幻想が神の正体なら。
エクソシスト1作目もそうですし、今回も主人公を始め多くの人が神様や悪魔なんて最初から信じていません。スピリチュアル的なものですか?すみませんそういうのは間に合ってます、と苦笑いするしかない。最初からそういうのを信じてるタイプの人は変人とされ、今回は1作目以上に教会側が全く役に立ってくれない。
あれから50年、神を失った現代。くだらない陰謀論をネタじゃ無く本気で信じる人達が溢れかえるこの世の中ですよ。そこをきちんと描いてるって面白くないですか?
そして今回、ネタバレになりますが「究極の選択」みたいなものが作品のテーマとして描かれる。
妊娠している奥さんの、本人かまだお腹の中に居る子供のどちらかしか救えないという選択を迫られた時、あなたはどちらを選びますか?
いやねぇ、もし私だったらなんて考えるとやっぱりお腹の中に居るとは言え生まれる前だしって思うけど、それ絶対女性に言っては行けない奴。自分の中に命の胎動はもう感じてるわけだから、それは生まれて無いではないだろってなるよね。まあ結婚もしてなれば恋人も居ないのでこんな状況は私は実際無いですけども。で、そんな男女間の感覚の違いではなく、子供側の視点。
勿論、親が本人に直接言ったりはしてないだろうけど、自分が望まれていない子供だった、とかもし本人が思うような事があれば、それって絶対「呪い」ですよね。
私自身も少しその気配があったりはしますが(こうしてブログで自分をアピールしてるのに誰も認めてくれない!みたいな)承認欲求って物凄く現代的な病であり呪いで、SNSとかまさにそれじゃないですか。
自分が生まれてきた意味や価値なんて、100年前から皆悩んでる普遍的で、言ってしまえば凄くベタな悩みだし、きっと100年後も同じような事考えてますよ。そこに答えなんて出ないし、そこに答えを出そうなんて歴史に残る稀代の天才とかでもないくせに、何をおこがましい事で悩んでるんだか、って感じです。
まあそれはともかく、神の存在を失って、負の感情という呪いだけが世界を支配した現代に置いて、悪魔は自由を謳歌してそうだよね、的な事を以前「女神の継承」という作品の時に書きましたが、そこに通じるような現代性をテーマとしてちゃんと入れていて、そこは面白いなと思ったし、オリジナルの方の原作者のブラッティが突き詰めようとしたのはそういう「神はこの世界に存在するのか」という部分だったりするので、きちんとそういう過去のテーマを踏まえた作品になってる辺りは誠実さを感じる部分です。
だって子供の名前がアンジェラでしたけど、スペル的に=エンジェルって事で、神のしもべ、御使いみたいな意味も意図して考えられた名前ですよね。
リスペクトと言えば、私は予告編も見ずに本編を見たんですけど、終わってから予告編を見ると、1作目で悪魔にとりつかれたリーガンの母親を演じていたエレン・バースティンさんご本人が出演されているんですね。予告だと作中における重要人物みたいな描き方に見えますが、実際の所それほどまでに重要な役でも無く、どっちかというと旧作と世界観を繋げる為のカメオ出演的なもので、それを前情報として知らずに見た私は、え?本人なの?と結構なサプライズでした。ここは予告でも隠しておけば良かったのに。更なるサプライズあるからここまでは売りにしようとしたのか。
そこらへんの描写が、旧作ファンにとっては、おおっ!と思える部分でそこはただ権利だけを使った別物じゃなくてちゃんとリスペクトがあるんだなと思えて良かったです。
難点を言えば、その面白いポイントだった「究極の選択」。
今回二人の少女に悪魔が憑くのですが、どちらかしか助からない、みたいなのがね、なんかいかにも「お話の為に作ったお話」感が拭えず、そもそも少女二人だけど、悪魔は一人なの?だとか、もし片方を差し出せば一人は解放するとかいう悪魔の言葉をそれ誰が信じるんだ?っていう悪魔だったら、絶対両方殺しちゃうよねって話。
生き残った方はその出来事がトラウマになって呪いを生み続けるみたいなテーマももしかしてあるのかもしれませんが、流石にそこまの意図はよっぽど好意的に解釈しないと厳しいと思うし、すげー変な話ですけど、悪魔にリアリティが無かった。自分で言ってて悪魔のリアリティって何だよって感じですが。
いやでも私はこの作品が駄作だとは思わないし、物凄く誠意の見える真面目に作った作品だなと感じました。下手に受け狙いで作った雑な作品とかよりはずっと良いと思うし、ストレートに一般的な観客が「エクソシスト」に求めるイメージや面白さとは違うだろうし、ホラー映画としてただ怖かったり気持ち悪かったりすればそれで十分っていう作品でも無いし、じゃあ批評家受けもしなかったっていうのは何だろうなという気がします。
私的にはなかなかの佳作でした。
まあタイトル通りに最終的にはビリーバーズ肯定側の目線なので、そこはもう一捻りあっても良かったかなとは。ドラマとして綺麗に落とし込んではあったけど、私はオカルト好きなのオーケン(大槻ケンヂ)チルドレンだからですし、彼は肯定派と否定派の両方を眺める愉悦部という立ち位置なので、私もついそんな目で見てしまいますね。
あと正規のシリーズなのでテーマ曲のチューブラーベルスが使えるのは嬉しい。昔着メロとかあったとき私チューブラーベルス使ってました。
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