原題:DAREDEVIL: BORN AGAIN
原作:MARVEL COMICS
ショランナー・脚本:ダリオ・スカルダパン
エピソード監督:ジャスティン・ベンソン&アーロン・ムーアヘッド
配信ドラマ 2025年 全9話
☆☆☆☆★
MCU版「デアデビル」ようやくスタート。
タイトルこそアメコミ史における重要作品の一つ、フランク・ミラー&デビッド・マッケリーの同名作品からの引用なものの、物語上は全く無関係。おそらくは原作コミックのそれと同じく、ここをターニングポイントとして新しい歴史を作る的なものとして名作にあやかったものと思われる。
当初は俳優だけネットフリックス版から引き継ぎ、新しいスタッフで作っていたものの、協会ストライキやマーベルの方針見直しで制作中断。出来あがっていた部分を見てもケヴィン・ファイギが納得出来ず、マーベル全体のクオリティの低下が問題になっていたのもあって、製作をストップさせ、ネットフリックス版のスタッフを再雇用して1から作り直し。
1シリーズ全18話構成だったものを、分割2シーズンとして、まずは前半を公開。シーズン2は1年後の来年3月に予定されている。
アベンジャーズの「インフィニティ・ウォー」と「エンドゲーム」みたいなもので、今回は物語のターニングポイントまでで終了、ここからヒーロー達の反撃が始まる!セカンドシーズンをまて!みたいな感じですけど、半分で終わりかよ!?はい商売商売、っていう感覚はあんまり無い。
むしろ超超超超濃厚すぎて、個人的にはアメコミヒーローの面白さがここに究極的に凝縮されていたという印象。
一応言っておきますが、私の考えるアメコミヒーローの魅力は、マスクをつけたヒーローがヴィランをぶちのめすアクションやカッコ良さとかそういうのでは一切無いです。そんなのは沢山あるアメコミの面白さの中のほんの一欠片程度のものですので。
社会や哲学、世の中や人間の心の仕組み、歴史や政治、正義や悪の思考実験、とかまあそういうのが今回ヤバいレベルで詰め込まれてました。もしかしたらですけど、MCUとかアメコミ映像化作品の中でもトップクラスだった気がしてきた。まあその分リテラシー的なものは要求されると思うので、アベンジャーズを政治利用するな程度の考えでしかこれまでの作品を見て無かった人には多分刺さらないと思う。
まず、ネトフリ版からのレギュラーキャラが一人いきなり殺されてフェードアウト。え?わざわざネトフリ版のスタッフで再始動させてこれ?新しいシリーズだから旧キャラ殺して仕切り直しで新しく始めますよ、って事なの?と少々困惑気味。
私はネトフリ版のデフェンダーズサーガは「デアデビル」のシーズン1・2と「ジェシカジョーンズ」のシーズン1で止まってます。ルークケイジとアイアンフィストも最初のとこだけ見たんだけど、正直メンドくさくなっちゃって中断。飛ばして「ディフェンダーズ」とデアデビルのシーズン3だけでも見ようかなとか思ってたらそこからもう数年経ってしまいそのまま。
見て無いシーズン3でベン・ユーリック殺されたっぽい?と思って調べたら、いやシーズン1で死んでたっけ?ベンアフ版にも出てましたし、原作でも後にデイリービューグルの共同株主になるくらいの重要キャラなんですけど、そういうのもあっさり殺しちゃうのがいかにもドラマらしい。
こういう原作と全く違う事をするのは日本人凄く嫌いますけど、私はこういう改変こそが面白さだと思う。勿論、視聴者をビックリさせる為だけとかじゃなく、そのキャラの意味や立ち位置、精神性とかをちゃんと理解して考えた上でドラマ独自の展開ってのは凄く良いものです。ドラマやアニメや映画とか媒体の違うもので原作のまやれとかいう感覚は私は理解出来ません。媒体違うなら表現違うの当たり前じゃん。同じ事やったらそれは場違いなだけの思考停止でしょ。
とは言え、今回も最初は戸惑ったんですよ。いやいやこのキャラ殺しちゃダメでしょ?安易すぎない?と思ったら・・・ちゃんとそれが後半に生きる。ああ、もう存在しない彼が切っ掛けになって話が動くのかと感心した。そこはただ客を驚かせるとかそういう事じゃ無く、きちんと物語や精神の引き継ぎ的な部分で意味を持たせてある。
そしてもう一人、ホワイトタイガーことヘクター・アヤラ。正直私は知らなかったキャラなんですけど、デアデビル/マット・マードックと同じくマスクで正体を隠したヴィジランテ(自警団)ヒーローの一人。
序盤のここの弁護、裁判のシーンがメチャメチャ良かった。からのその顛末。例え相手が警察であろうと正義はきちんと貫かれるべき、からのこの世界の闇。
いや~「シーハルク」でもこんな感じの事をやっててくれればなと思わずにはいられません。いやあのドラマはジャンル的には「コメディ」なのであれはあれで正解なんだけど、果たして原作を知らない人達がそういう心構えがあったのかというと、おふざけにしか思え無かったからあそこまで不評だったわけでね。勿論、コメディとしても正直微妙だったけど、その後原作読んでも微妙だったから、あれはああいうものだったんじゃないかと。
デアデビルを引退したマット。でも弁護士としては正しき行いを今後とも貫けるという、マスクのヒーローにならなくてもちゃんと心や行動でヒーローである事を体現できる。おおカッコいい。
か~ら~の~
ひどいよこれ!
しかもドクロマークってお前はよぉ!っていう。
でも調べるとホワイトタイガーって原作だと女性なんですね。しかも特殊なアミュレットで力を引き出すという設定になってたのは、ああそういう事なのかと。正しき精神は受け継がれて行く。
そして対するキングピンことウィルソン・フィスク。彼が市長になるというのは原作にもあるエピソードながら、多分そこのシリーズは邦訳出て無いよね?去年くらいに出てたやつってその辺の話なのかな?私はまだ読んでおらず、フィスク市長うんぬんは他の作品の解説部分で知った口です。
力を持つという意味では、マフィアだろうと政治家だろうとそこに大差は無く、むしろ政治家としてこの町を牛耳った方が効率的なのでは?と彼は考えたのだろうか?ある意味ただの合理性とも言えるけどヴィランの中にある光の部分、あるいはデアデビルの内に潜む暴力性、絶対的な光・絶対的な闇など存在しない、例えヒーローでも例えヴィランでもその心の奥底でうごめく物があるのか?というドラマを展開しつつ、個人的においお前ってなったのはフィスクの妻のヴァネッサ。そう来たか。そしてミニキングピンみたいな若手スタッフとか、ドラマは登場させたキャラクターをどう動かしていくのかが面白さの秘訣です。それを熟知してるかのような動かし方が本当に上手い。
ついでに、5話だっけかな?「ミズ・マーベル」からカマラのお父さんのユスフ・カーンさんが登場。多分ここ、ネトフリ版のスタッフの前に作ってた奴の残り部分を再利用した感じですよね。この話だけ明らかにトーンが違う。いやこれがねぇ、ここだけ違和感があるのは確かなんですけど、コミックのレギュラーシリーズ(毎号継続して出る奴)でも、たま~にスケジュールの関係とかで、違う絵師の人が担当する番外編っぽい話が入ったりする(で、単行本ではその話数だけ飛ばされがち)。そういうアメコミあるあるな感じがして微笑ましかったです。
私は何度も言ってるけど、MCUは良い映画や良いドラマを作ってるんじゃ無くて、コミックの面白さを映画やドラマの別媒体で表現する事だと思ってます。だから名匠がMCUは映画じゃないうんぬん言っても全く気にならない。そりゃそうだろうなとしか思わないので。
ホワイトタイガー、パニッシャー、ミューズ、ブルズアイと、アメコミっぽい目を引く要素をきちんと散りばめつつも、そこは表向きであってドラマやテーマをちゃんと考えて手を抜かないで作ってますよ、という手慣れた感と言うか、志の高さを物凄く感じさせてくれました。
こういうのと比べてしまうと確かにクオリティの低い物を乱発してしまった感は否めませんし、今後は時間をかけてもこのクオリティを維持できるなら、もうひと山くらいは何とか乗り越えられるんじゃないかって気がしてきた。
飽きられるのは何をやったって絶対に止められないのは歴史を見れば誰でもわかるけど、その中でも続けていけば(それこそ元になったアメコミが何十年とやってるわけで)次の流れも生まれるものですし、そこはファンとして見守っていきたい所です。
という事で、次は映画の「サンダーボルツ」で、ドラマの次は?あんまり情報出て無い気がするけど予定だと「アイアンハート」っぽいけど大丈夫でしょうか?アニメの「アイズオブワカンダ」と連動は流石にしない?

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