僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

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魔法の少尉ブラスターマリ

BLASTER MARI
著:池田恵
刊:バンダイ ピュアサイバーコミックシリーズ-7
1990年 (サイバーコミックス掲載1989-90)

ちょっと高山版「ブルー」を読み返そうと本棚の奥を漁ってたら、となりにこちらが置いてあったので、せっかくだからと一緒に引っ張り出してくる。

 

私は「ジークアクス」は現代によみがえったサイバーコミックスだったという評価を下しました。
シャアがキラキラ空間の中で、シロウズから軍服シャアに変身させられるシーンで「魔法少女かよ」というツッコミが多発してましたが、オールドファンからは「ブラスターマリじゃねーか」という声も多少。

ジークアクスのスタッフが実際にブラスターマリのオマージュであれを入れたかは不明ですが。まあ正直、同じような事を35年前にやってるわけで、その進化の無さ、アップデート出来ていない発想の陳腐さは共通してると思います。

 

サイド3に住む少女のマリコ・スターマインはふとしたきっかけでシャア・アズナブルと遭遇し、シャアから魔法のふとんたたきを授けられ、魔法の少女ブラスターマリに変身する、という「ガンダム×魔法少女」のジャンルミックスの発想で描かれた外伝コミック。

単行本化もされたので、サイバーコミックス上で1本だけ掲載された外伝コミックとかと比べたら、知名度は高い方。(私は持ってないけど電撃で再販もされてたんですね)

 

途中のおまけページの作者コメントで書いてますが「魔法の天使クリィミーマミ」のキャラ配置を自分のキャラに置き換えたという事で、ストーリー的にも通じるものがあるのかは不明ですが(私「クリィミーマミ」見てないので)基本はコメディーながら、ただの魔法少女パロだけに留まらず、一応全7話として、多少なりともドラマをやろうという意図は感じられる。

 

父親がジオン軍人で、マリコが大人の姿のブラスターマリに変身して活躍するする姿を知り、自分の隊に配属しようとする、という変身を生かしたドタバタコメディと、お母さんを早くに亡くしていたマリコが新しいお母さんが来ると聞いて複雑な感情を抱く、みたいなのがある。

弟にバンとダイが居て、最終回で新しい家族が増えて、ゼネとガイナが誕生。
きっとその孫がカラー君になるのでしょう。トリガー君と兄弟にしとく?

 

ジークアクス」の感想の時にちょこっとサイバーコミックスについては触れましたが、バンダイが刊行していた書籍で、ゼネラルプロダクツが編集をしてました。

ジークアクスに関しては、岡田斗司夫がなるほどこういう事かと言ってて納得してたのが一つあって、「3流の公式より、1流の同人誌のどっちに価値があるかと言えば、同人誌でしょ?」だからジークアクスは同人誌みたいな内容だけど面白いからこれで良いんだっていう話でした。

 

ああこれね、私は昔から同人誌ってすっごく苦手意識があって、いやむしろほとんど触れた事が無いからそう思ってるのかもしれませんが、私は岡田と正反対の意見なんです。いくら面白かろうが同人誌は非公認非公式なんだし、個人で楽しむのは良いけど、本家と比較なんてとんでもない。3流だろうと5流だろうと公式で出た物はそれは公の物として同人誌なんかと比べても天と地ほどの差がある、という認識。私は岡田と正反対で、超1流の同人誌でいくらプロが手掛けていようが、100流以下の公式だったとしても、きちんとした許可の元に公に出たんだから後者の方に意味がある、という考え方。だから私はサイバーコミックスだって全巻持ってるし、「フォーザバレル」だって切り抜きで全話スクラップブックにして持ってますよ。

 

え?何でそんな親の仇みたいに同人誌を憎んでるの?って言われたら、今の時代だったらネットで大概の同人誌も買えますよね?でも私が子供の頃はネットなんて無かったし、たまにね、商業誌や単行本のお知らせみたいなとこで、C○○のコミケに参加するのでそっちもよろしくね、みたいなの書いてあると、小学生とか中学生の私には、そんなの東京に住んでる人だけが買えるものじゃん。地方のクソ田舎の、しかも子供な自分なんか相手にされていないんだなっていうのが、すっっっっっっごい悔しかったんですよ。

一般のファンの側で無く、プロの漫画家が同人誌とかも書く。そりゃ素人じゃ無くプロなんだからそのクオリティは商業誌と大差ないでしょう。でもそれを当たり前のように話して公式内とかで宣伝する。絶対、書いてる方は深い意図なんかなく軽い気持ちでやってるだけなんだけど、こちらとしては嫌な気持ちしか残らない。せめて裏でこそこそ隠してやってよ、同人誌なんだから、という気持ちだったんです。

そんな流れがあるから同人誌に関してはずっと嫌な気持ちを抱えたままこれまで触れないで来たし(コミケではないけどコミティアとか地方でやってる奴には数年前に興味本位で足を運んだりしたことはあるので、ああいう人達に恨みとかは全然無いんですが)

 

ジークアクス」も「ブラスターマリ」もやっぱり同じだなとしか思えないし、それでも公式の版権の上で同人誌みたいな内容のものをお出ししてくるんだから、そりゃあ嫌な気持ちにしかならない。これが非公式の同人誌でやってるなら、面白い発想ですねで笑えて済ませられるけど、公式でそれやられると、バカバカしくてあきれ果てるやら、悲しくなってくるやら、怒りがこみあげてきたりとかするわけです。
え?同人として楽しめば良いんじゃないの?って言われても、そもそもがその同人を楽しむ土壌を私は作ってこなかったという話。

 

逆に同じサイバーコミックスの土壌でも長谷川裕一「機動戦士VS伝説巨神」とか松浦まさふみ「アウターガンダム」とか大傑作がちゃんとあるわけじゃないですか?この意識の差はどうしても拭いきれない。

 

で、もう一つこの年代ならではの部分があって、逆の意味で今回面白かったのが、あとがき部分で、
「6話の赤い彗星のひとのセリフは「Z」以降のシリーズへのアンチテーゼと受け取ってもらって結構です。最初のガンダムニュータイプという夢を見せられた人間にはZ以降はやっぱりつらかったですから・・・」
と、書いていらっしゃる。

今更になって作者を攻めるつもりなんかないんです。
だって「Z」も「ZZ」も「逆シャア」も「F91」も「Vガン」も「Gガン」も「W」も「GX」も「∀」も「SEED」も「DESTINY」も「00」も「AGE」も「オルフェンズ」も「水星の魔女」も発表当時は全部ボロクソに叩かれたの知ってますから。ガンダムって基本そういうものです。私がジークアクスに否定的な事を言うのも、ある意味では通過儀礼みたいなものだと思っていただければ。

 

私、やっぱり「Z」も最初から好きなんですけど、まあ大人になってから見たのは当然あるけど、「Zは現実認識の物語」という富野の言葉を割と単純に受け取って、「現実はそう上手くいくものじゃないよ」というのを描いた話なんだなと。ひねくれた私にとっては、夢は叶うとか綺麗事を言われるより、現実はそんなに甘くねーよ!アニメだからって、いや絵空事のアニメだからこそそこは厳しく描く!って言う方がね、よっぽど誠実だと私は思ったんですよね。

 

だから私はニュータイプなんて描いた本人ももうとっくの昔に捨てた価値感に対して、今でもどうこう言ってるのバカバカしく感じ無いのかな?っていうのを単純に、そして素直な疑問として思うのです。

 

私も勿論、ファーストガンダムの圧倒的な面白さや完成度は疑う余地も無いし大好きだけど、「Z」以降出るたびにクソ扱いされてきたガンダムのシリーズだって、それはまた別の魅力がそれぞれにあるのにな、と思ってる人だし、もう何十年ときっと言われ続けてる事だと思うけど、いつまでも古い価値観にしがみついて、新しい物を受け入れられないのはまさしくオールドタイプというやつでは?と思うわけで。私だって別に「僕がニュータイプだ」なんて言うつもりはサラサラ無いのだけど。

ジークアクス」を見て、そこから今度は「ブラスターマリ」なんつー古いものをひっぱり出してきて必死に語ってる私の方がよっぽど異常でそれは十分に自覚してます。

私はこういうの面白いとは思わないし、好きじゃないけど、別に好きな人が居たってかまわないし、私だって別の角度からこれを評価するつもりになればそりゃ出来る。

たまに、自分の好きな物を否定されて頭にくるとか、嫌な気分になるとか言う人居ますけど、じゃあ自分でいかにその作品が素晴らしいかを説けばいい。私はそれをやってますし、逆に人一人の視点なんてたかが知れてるんですから、こんな考え方があるのか!それは面白いなって思わせてくれるような意見を私は望んでたりしますよ。

魔法の少尉ブラスターマリ (電撃コミックス)

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