僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

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スーパーマンII 冒険編

スーパーマンII 冒険編 [DVD]

原題:SUPERMAN II
監督:リチャード・レスター
脚本:マリオ・プーゾデイヴィッド・ニューマンレスリー・ニューマン
原作:DC COMICS
アメリカ・イギリス合作映画 1980年
☆☆

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ジェームズ・ガン版「スーパーマン」、世界中でヒットしてるようで何よりです。
私もそうですが、DCEUの末期の作品はもう誰も期待して無い感が凄かったから、新シリーズのスタートが好評なのは希望が持てて良いですね。

DCEUより以前の旧シリーズ、全部見てはいますが、ブログに感想書いてるのは最初の1本だけだったので、せっかくだから他のも感想を残しておきたくなったので、まずは「2」から。

一応、世間一般的には「2」も名作と言われてたような気はしますが、私的には昔からそんなに好きでは無い作品。

 

昔の映画秘宝の読者コーナーでゾッド将軍がネタとして使われてる所を見ると、それなりに愛されてるキャラなのかなとは思うのですが、私は昔からちょっと苦手でした。

スーパーマンと同等の力を持つ悪のクリプトン人。しかも3人。カルチャーギャップ的なクスリと笑えるコミカルなシーンなんかもありますが、まあスーパーマンと同じく超人なわけですよね。これぞスーパーヴィランって感じなのかもしれませんが、私の中ではスーパーマンってこういう単純なインフレバトルじゃないんだけどなぁと、そこに面白味は感じませんでした。

 

かと言ってダークスーパーマン的な中二心をくすぐるような単純にカッコいいキャラとかでも無いですし、なんか苦手みたいな感覚が昔から。

 

1作目のレックス・ルーサーも決して好きとかではないんですよ。コミックとか後の映画やドラマでは魅力的に描かれてましたが、この最初の映画シリーズのレックスは変なおじさんみたいな印象しか無かった。
でも、一つだけ良い所があって、原作みたいにパワードスーツで直接スーパーマンとバトル出来るとかではないですし、あくまで自称天才の「普通の人間」がスーパーマンに戦いを挑む、という所に面白味は感じられた。

 

原作は何十年も昔からユニバースでしたが、この最初の映画シリーズはおそらくこの世界に超人やヒーローはスーパーマン一人しか居ないという世界観でしょうし、他のヒーローやスーパーヴィランも存在しない世界。

1作目2作目同時に撮影してたので、1作目の時点でファントムゾーンのゾッド将軍自体は見せてるし、それを2本目でやるのは予定されてはいたのでしょう。当時は今みたいにスーパーヒーロー映画なんて世に溢れてませんから、過去のTVドラマシリーズなんかはあったとは言え、おおまかには世の中の人がスーパーヒーローが現実に居ると思えるような世界を「スーパーマン」という映画が初めて見せてくれたわけです。
それは世界に初めて映画やTVが生まれた時の衝撃とかと同様の驚きがあったと言っても過言では無い気がします。日本で言えは初めてゴジラを目撃した衝撃みたいなものかも。

そこ考えれば2作目で怪獣VS怪獣とか、これまたこんなの今まで見た事が無い映像だぞ!?みたいなものかもしれない。

 

でもそれって結局インフレなんですよね。じゃあ次は怪獣10匹まとめて出しましょう。その次は100体とかになる。いやそれ「エイリアン」じゃねーか、1は1匹をいかに工夫して描くかというインテリジェンスやアイデアに満ちた作品だったのに、次はエイリアン100匹出します。派手でしょ?っていうのはいかにも頭が悪い。そういう事じゃないんですよ。

ドラゴンボール」じゃないんだから、ただのパワー対決で悪役と直接戦うとかではなく、世界中の危機をスーパーマンが救って行くというのが「1」ではアクションシーンの見せ場となっていた。今回もね、ゾッド将軍らと直接対決する中でも、ちょこちょこ市民の救出シーンなんかは入れてはある。逆にそんなシーンは面白いけど、3人とのパワー対決なんて見せられても、今となってはお寒いだけというか。公開当時は、凄い迫力だ!こんな映像今まで見た事が無い!とか思ったのかもしれないけれど。

 

そしてそこに至る前までの話は、スーパーマンとロイスの恋模様。スーパーマンは自分の力を失って普通の人間になったとしても、それでもロイスへの愛を貫こうとするその気持ち、みたいなとこを描きたかったんだとは思う。

 

「大いなる力には大いなる責任が伴う」じゃないけれど、スーパーマンがこの世界から居なくなったなら、今後はどうなる?スーパーマンが居たら救われたかもしれない命が、救われなくなるじゃないか!という考えもあるでしょう。でも逆に言えばそれはスーパーマンに背負わせるべきものなのか?っていう話ですよね。

 

多分この映画の中の世界は「DCユニバース」とはだいぶ違う世界だろうし、他のヒーローが居ない変わりに、同じように沢山のスーパーヴィランが跋扈するという世界ではないと思う。

勿論、結果手には3人が攻めてきてとはなるけれど、じゃあそれこそレックス・ルーサーがその頭脳で追う払うべきであって、そこはスーパーマンが背負うものではない・・・はず。

 

とは思うけど、それを納得させてくれる程のものがあるかと言えば、ぶっちゃけ「え~何この展開」って思っちゃったし、力を失ったスーパーマンがそれを取り戻す展開の雑さにも、正直う~ん・・・。

 

当時はこれがドラマチックって思えたのかなぁ?今の視点で考えすぎかなぁ?とも思うけれど、それを言うならフード理論で、スーパーマン(クラーク)が最後バーで食べ物を粗末に扱うんですよね。そこはヒーローらしからぬ感じでちょっといただけないなと思った。

 

リチャード・ドナーカット版ってどれくらい話違うんでしたっけ?全然記憶にない。っていうか私見た事あったっけ?本来は1と同じく、リチャード・ドナーが2も作ってたんだけど、最終的に製作のサルキンドと揉めて降板。次の「3」を撮るリチャード・レスターがほぼ撮影が完了間際だったものの最終カット版を作ったからレスターが監督のクレジットになってるんですよね。それが後年になってから、ドナーが本来やりたかった構成にしたものもドナーカット版として再編集して世に出た。もしかして私それ結局見て無い?見たっけ?再度見た上でそこもいずれ感想を書きたい。

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