NEW MOBILE REPORT GUNDAM W Frozen Teardrop
著:隅沢克之
挿画:あさぎ桜・カトキハジメ
原案:矢立肇・富野由悠季
刊:角川書店 角川コミックス・エース 全13巻
2011-16(連載2010-16)
☆☆☆
毎年、GW(ゴールデンウィーク)やお盆の時期は遠征で一人旅をするのが定番なのですが、ドライブ中に聞くCDや、朝方に読む本をいくつかピックアップして持って行く。今回は、先日丁度「W」アニメも見終わっていたので、せっかくなのでまだ読んで無かった続編小説の「フローズンティアドロップ」をチョイス。
掲載誌のガンダムエースは毎月買ってるのですが、基本的には単行本派なので、クロボンとかお気に入りの奴以外はサラッと目を通す程度。漫画でそれなので、小説だと更に薄くイラストや設定ページに目を通すぐらい。
そんな感じでダムエー連載でおおまかなあらすじ程度は知ってるけどきちんと読むのは今回が初みたいなもん。
AC(アフターコロニー)の時代が終わり、年号はMC(マーズセンチュリー)に変わって22年。老師・張(五飛)に呼ばれ、駆けつけるキャシィ・ポォ。
コールドスリープに入っていたヒイロと共に任務につくはずだったが、まずは過去を知る必要があると、表には出ていない裏の歴史のデータに身をゆだね、一般的に知られる歴史の裏側を辿って行く。それは、トレーズ・クシュリナーダの出生にまつわる話だった・・・。
という事で、新しい物語のセッティングだけは軽く見せつつ、実際はTVシリーズで描かれたAC195年より、さらに前の時代、「ガンダムW」という作品の後付け裏設定みたいなものから描かれ、最初の単行本2冊分はまるごとトレーズ編。
というか、トレーズ誕生から幼少期、ザクスらとスペシャルズを結成して成り上がって行く所が描かれる中で、いわゆるメインキャラのみならず、カーンズ、ツバロフ技師長、トラント技術特射とか、本編で脇役として出ていたキャラもほぼ総登場。
TVでは微塵もその存在を匂わせなかった、トレーズの弟のヴァン・クシュリナーダとか、指導者ヒイロ・ユイの右腕にして、トレーズの父アイン・ユイとか新キャラもどんどん出せば、外伝なんかで描かれていたキャラの掘り下げとか、同時期に展開していたリメイク漫画の「敗者達の栄光」と合わせて、過去のWシリーズを徹底的に再構成した、こちらも同じくリメイク作と言ってよいぐらいに、まずは過去の掘り下げからスタート。
元々Wのシリーズ構成をやってた人ですが、監督交代での後半や、続編のエンドレスワルツ(ここでもTV版と違う真のオペレーションメテオとかやってましたよね)とかで、なんとなく上手く纏めて、ファンも含めてみんなが割と納得して終わってた物に対して、本来の監督だった池田監督のテイストを改めて再挑戦みたいな感覚で始めたもののようです。
今回の作品には池田監督自身は関わって無いけど、TVシリーズ本編18話。ヒイロがデュオの名前を語って学校に潜入し、論文を読みあげるシーン。その論文の内容は元の脚本には書いておらず、コンテの段階で池田監督がいきなり足したものだったらしい。
人間とは?戦争とは?みたいな小難しい事を一気にまくし立て、何だこれ?ってなって先生にも止められる形になってるけど、隅沢さんにとっては、あれが池田監督のWの根幹を成す最も大切なものに思えたとのこと。
多分、エンドレスワルツで五飛がトレーズにずっと縛られ続けていたように、池田監督不在の中でも一応シリーズは綺麗に終わらせられたと思いつつ、ずっと本来描かれるべきだったものが本当は違ったんだろうなみたいに心残りだったんだろうなと。
綺麗に終わったものに対して、あえて泥を塗るような事になっても、それでも挑戦したい。サンライズ的にも、ガンダムエース編集部的にも、人気作の続編を元の作品に関わった作家が、新しく描くとか、それは大歓迎でしょう。連載はそれなりに続いたし、決して人気が無かったわけでは無いでしょうけど、終わってみたら結果的には意外と微妙な評価に。
メカデザやイラストのカトキハジメ氏的にも、「ガンダムUC」の時に小説用にデザインを起こしたものを、アニメ化の際には再度修正を加えた経験もあってか、今回の小説の時点ではマントで覆うなどしてデザインは誤魔化し、将来的にアニメ化された時に、きちんとしたものを公開するという試みのはずが・・・残念ながら結果はついてこなかった。
「敗者達の栄光」は追加装備などで順調に商品のバリーエーションを増やしておきつつ、結局こっちはWゼロのカラバリとして「スノーホワイトプレリュード」とかでお茶を濁す程度の事しか出来ず(プレリュード=前奏曲なので、ここから本当はもっと変えたちゃんとした新規のデザインを用意はしてあるという意味でしょう)
トレーズ=フランス語で13という数字らしいのだけど、そこにきちんと由来を与えたり、エレガントに振る舞う事やパーソナルカラーにも意味を持たせてある。ヒイロがガンダムよりもやたらリーオーで活躍するシーンが多かった事に対しても、あれは偶然では無く、実はそれなりの意味があったとか、なんかもう病的なまでに今までのWの全ての描写を肯定しようとする。
う~ん、小説ってアニメとかと比べると作者は一人になるのでパーソナルなものが出やすくなるのはわかるけど(富野小説みたいに!)なんかやっぱり大衆無けエンタメからは外れたちょっと異質な気質がウイングにはあるんだなと思える。
30周年PVで部分的にこの作品も拾われてたけど、もし本当にアニメ化する時が来たら(現状はガンダム全体で何年先までもスケジュールが決まってるので、反響があったからと言って簡単にアニメ化にこぎつけるのは難しいらしい)絶対にこの作者は監修程度にして、他の人が再構成して脚本を書いた方が受ける物は作れると思う。
作り手の情念とかは凄く大切だけど、あまり過ぎると独りよがりになりがちなので(それこそ富野の「Gレコ」みたいに)そこは冷静に判断出来る監督なりプロデューサーが居た方が絶対良いです。
「W」って、正直TVシリーズもちゃんと理解しようとすると、少し難しい部分もあったと思うけど、ある意味ではこっちも同じで、必死に理解してついていかないと、何をやってるのかよくわからん、みたいな感じになりそうなスタートでした。
これは先を読んで行くのがなかなか大変そう。
全然関係無いけど「アドバンスオブZ 時に抗いし者」という同じく小説シリーズがあってね。(ヘイズルとか出てくるのともまた違う奴です)割とガンダムのテンプレをなぞった感は強いんだけど、そのあまり奇を衒ってない感じが面白くて個人的には凄く好きな外伝の一つ。
食べ物とかと同じで、大衆受けを見越したものの良さもありつつ、クセは強いけど、その分個性的で味わい深いものもあって、そういうのはやはりどれが正しいとかじゃなく、方向性や作品のカラーは様々だなと思う。「ガンダムW」はこれはこれで独特の感覚がやっぱりあるよね、と言えるのは決して悪い事じゃないし。
という事でまた次回。
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