VISION 1-2
著:トム・キング(ライター)
ガブリエル・ヘルナンデス・ウォルタ、マイケル・ウォルシュ(アーティスト)
刊:MARVEL ヴィレッジブックス
アメコミ 2020年 全2巻
収録:VISION v2 #1-12(2016)
☆☆☆☆
恐怖。衝撃。驚嘆。
前代未聞の問題作。
狂気のアンドロイド、ウルトロンの手で生み出されながらも、創造主に背を向け、正義の列に名を連ねた人造人間、ヴィジョン。最も高潔なアベンジャーとして知られる彼は、ワシントンD.C.への転任を機に、人造人間の妻と二人の子供を迎え、≪人間らしい≫暮らしをしようと決心する。かくして、≪普通≫であろうとする4体の人造人間の暮らしが始まったが、ある事件をきっかけに彼らの生活の歯車は狂い始める。そして恐るべき悲劇が-
アイズナー賞受賞作でMCUドラマ「ワンダヴィジョン」の原案となるのがこちら。21世紀のマーベル最高傑作だの、やたらと大げさな帯がついていますが、最高傑作かどうかはともかく、ひたすら不穏で面白かったです。
過去のワンダとの破局が根っこにありますし、ドラマ版は状況が違うので結構なアレンジが加わると思われますので、あくまでイメージソース的なものと思った方が良さそうです。
簡単に言えば「シンセゾイドは電気羊の夢を見るか」かな?ちょっと違うか。人造人間であるヴィジョンが、自分と同じ家族を作る。自然と言えば自然ですけど、ある意味ではこの時点でもう頭おかしいです。
ピノキオのように人間にあこがれて「人間になりたい」ともちょっと違ってて(本人はそう言ってますけどね)、人造人間が人間と同じ暮らしをすれば人間らしくなるのか?的な感じ。語り口がちょっと実験っぽいんですよね。
最も高貴なアベンジャーと言われるヴィジョンですが(確かソーのハンマーも持てるんだっけ?ただ機械だから?)そのヴィジョンが嘘をつく。家庭を守るために。
それは奥さんのヴァージニアが記憶をいじって、って後半で明かされてああそうかヴィジョンに罪は無いのかと一瞬思わせますが、そのシーン以外の部分でも、明らかにヴィジョンは家族をかばう為に嘘ついてますよね。ラストもラストですし。
ヴィジョン、奥さんのヴァージニア、娘のヴィヴ、息子のヴィン。それぞれに感情は生まれている様子は伺える。ただそれ、理解の仕方や行動がいちいち怪しすぎて、見た目もさることながら機械的なものなのか、エラーなのか狂気なのかがよくわからず、不安になってくる。
まさしく6話目のP対NPがこの作品のテーマというか、ヴィジョンの行動原理。アルゴリズムで解ける問題と、アルゴリズムでは解けないとされているが、それはただ「今のアルゴリズム」で解けないだけで、そのアルゴリズムを解明すれば解けるのではないのか?答えの出ない問題の答えを見つける為に動く。
戦闘以外ではヘッドギアをつけてないので、赤と青で色は違うものの、なんとなく「WATCHMEN」のマンハッタンを彷彿とさせる見た目。マンハッタンは超人化の末に徐々に人間の倫理観から外れていったわけだけど、ビジョンは元から人外の存在が故に、人間とは?人間らしさとは?にこだわり続ける事で逆にビジョンが人では無い存在として浮き彫りになっていく。
嘘に嘘が重ねられた末、遂にはアベンジャーズと衝突するヴィジョン。が、本気を出したビジョンは一人でアベンジャーズを壊滅へと追い込む。
その先にある運命は、善意であったがゆえに、正しさや、やさしさが積み重なった悲劇とその中に見える人間の本質?かな?ちょっと言葉では説明しにくい。
解説書に最後の作者あとがきが凄いと書いてますけど、ええと要するに、より良き社会を目指す為、トム・キングと奥さんは正義の弁護士を目指していたと、けど同時多発テロをきっかけにトムはCIAに入る。それは正しき鉄槌を下す為だったと。そこを辞職し、ライター業を目指す中で、奥さんが自分と子供達を献身的に支えてくれた。あなたには輝かしい未来があるのだとどこまでも信じてくれて。それがそのままこの物語の根幹になっている、という事ですよね。一番大事な所に気付かず悪魔になり果ててしまいそうな所を、奥さんが救ってくれたのだと。
なるほど、作家って自分の経験してきた事を物語に落とし込む作品って必ずあるし、そういう作品はやっぱり魂がこもってるものなんですよね。
基本的には単体として読める話になってますが、マーベルユニバース上のコンテュニティとしては「シークレットウォーズ」の後の話になってて、ビジョンもヴィヴもそのまま物語が続いていくっていうのもまた面白い。
37回も世界を救ってきたビジョンというキャラクターの続きがこの話で、この話の上ではヴィジョン=トム・キングであったわけで、これ以降もまた別のライターなりアーティストがビジョンに魂を吹き込んでいく、という構造がなんとも奇妙で凄い。そこはアメコミならではっていう感じです。
それ考えると、ちょっとグラント・モリソンの「オールスター:スーパーマン」っぽいかも。一見、異色のサイコサスペンスですが、それ以上に色々と深堀りできそうな作品でした。これは色々な解釈が出来そうで、読み返すと新たな発見がありそうです。