
MOBILE SUIT Z GUNDAM DAY OFTER TOMORROW from kai Shiden's Report
著:ことぶきつかさ
原作/富野由悠季 原案/矢立肇
刊:角川書店 角川コミックス・エース 全2巻
2006-07(連載2005-07)
☆☆★
劇場版「新約Z」に合わせて連載されていたカイ視点での新約Zスピンオフコミカライズ。
ことぶきつかさ氏と言えば、90年代の奇形美少女絵の代表例としてよく例に上がりますが、ゲーム「闘神伝」のキャラデザとかでも人気ありましたし、後々はガンダム「オリジン」アニメ版でメインスタッフやってたり、今はガンダムの公式側に居る人。
ただ私は大嫌いな人で、一番の理由は「いけいけぼくらのVガンダム」です。「Vガン」はバカにしてもいいものって風潮を作った人で、カテジナ・ルースにカテ公という愛称をつけた張本人。
実際はこの人だけではなく、当時はVガンダムは評判悪くて、なんとなくメディア全般的に微妙な空気になってたイメージがあるのですが、私は当時からVガン大好きでね、なんか「0083」とかを持ち上げて、「Vガン」は駄作扱いみたいなのをコミカライズとか雑誌とかが後押ししてるのを見てて、そういう人たちは程度が低いというか、バカなのかな?って当時からずっと思ってました。
Vガンをリアルタイムで見てた時は私自身もSDガンダムから上がってきたばっかりぐらいでしたし、この辺から全部のガンダムや富野作品を観たり、どんどんマニア化していくと、Vガンだけでなく「Z」も「Gガン」もそうだし、新しいものを出すと最初はメタクソに叩かれて、ミリタリーガンダム路線じゃないと古いファンは誉めないんだなというのはわかってきた。
今もたいしてかわんないけど、昔から大衆なんて表面しか見てない薄っぺらいものなんだよというのはわかるようになったので今でもこいつ許さないとかいう気持ちは無いんですけど、それでも「カテ公」という愛称を定着させたのと、後追いでVガンに入る人にもそういうパブリックイメージをフィルターとしてかけられちゃってるなというのはあるので、その面に関しては今でもあまり良い印象ではありません。
ついで言えばこの作品の続編「カイ・シデンのメモリー」(ファーストガンダム編)のスレッガーさんの話もダムA連載で読んでる時から明確に「嫌い」と思える作品なんですが、それは今後の話。
まずは「Zガンダム」編のこちらから。
こっちは連載時もそれなりに楽しんでましたし、やっぱりガンダム好きでカイの事嫌いな人なんてそんなには居ないでしょうし、面白いシリーズだったという印象が強いですけど、こうして改めて読み返すと、良い部分悪い部分両方が見えてくるかなぁと。
単行本には各話の合間に全話の制作背景や解説なんかが入ってて、なんでこういう話にしたのか、何をやりたかったのかみたいなものが語られてて、そういう所は面白いです。
第2部「恋人たち」はキャッチコピーもキスの記憶ですし、カイとレコアにキスさせて下さいっていう編集者は最低。作者もそこは安易すぎると嫌がったみたいですし、担当編集がこれでは絶対良いものなんか作れねーわと思う。サンライズとの打ち合わせとか版権物は大変だろうなとは思うけど。
良い部分に関しては、ゲーツ・キャパとかアジス・アジバとか、名前はあるけどアニメ本編ではさっぱり掘り下げられていないキャラのバックボーンとかも描かれ、そういうとこは素直に面白いなと思った。あと既存キャラで言えばミライさんの話はグッと来たかな。
ただ、他のキャラに関してはなんか凄く違和感があって、何だろうこれと考えてたら、福井晴敏の「ガンダムUC」に近い感覚。描写の足りなかった部分に「整合性を持たせる」という視点で肉付けや補完をしてあるんだなと。
富野や脚本家はこんな風に思って作ってないだろ?と思うんだけど「でもこうすれば整合性が持てますよね」みたいな事を必死にやってるのがなんとも恐ろしい。そこってガンダムUCで一番つまんない部分だった。
いやぁ、解釈に合理性を求めるのは決して間違いとは言えないけれど、それが透けて見えると逆につまんなくなるんだよね。
いや、自分の好きなものを「俺解釈」して、こんな解釈はどうですか?って主張したくなる気持ちはすっごいわかるんだよ。
カミーユとかカテジナとか、常人には理解しがたいエキセントリックさが個性でもあり難しいけど逆に魅力でもある。でもそこを理解しようとすると、カミーユにしてもカテジナにしても時代背景・社会背景とかを重ねるとちゃんと理解できるキャラなんだよねってのはわかりますし。
元々いびつなTV版「Z」を更に短縮してぶつ切りにした劇場版「新約Z」なんて話を追うのが破綻してるレベルでメタクソになっちゃってるって私は酷評したし、そのメチャメチャなものをこうして部外者が補完してるのは面白いっちゃ面白いけど、そこでドヤ顔されても、正直う~ん。
「新約Z」でカットされたダカールの演説はこっちの世界観ではハヤトがやってたとか、おお!こっちの世界ではこうなのかとか面白い部分はある。
クワトロがシンタとクムをいきなり連れ込んだのはどういう事?と昔からさっぱりわかんなかったけど、二人の親がブレックス暗殺の犯人にされてしまって消されてしまったので、孤児となった二人をクワトロが連れ帰ったのだと。その辺りは上手いと思った。
新約Zの最後にカイがセイラさんを訪ねていくシーンがあるけど、ちゃんとあそこに至るまでの物語を組み立てたのはよく出来てると思う。
でも有名なディジェのマスクの下にはガンダム顔があるとか、ビグザムが量産化されてるとか、いやっそういう俺解釈はいらねーから!と思うし、「逆シャア」への繋がりを考えて、この時点でもうシャアの真意は決まっていたとか、うう~ん、違うかなぁ?と思ってしまった。いやTV版Zの初期タイトル時点で逆襲のシャアだったのは知ってるけどさ。
結局これも「俺解釈」だろって言われそうだけど、私は次世代であるカミーユを結果的に潰してしまった事が逆シャアでのシャアの決意に繋がってると思ってるんですよね。昔から今でも。
だからPS版「Z」のシャア編エピローグもそれっぽくなってて凄くあれには共感できたのだけど、
www.youtube.com
ちょっとこの「デイアフタートゥモロー」版の解釈は私にとっては解釈違いに感じてしまうかなぁ?確かに新約だとカミーユ無事なので同じ解釈は出来ないのだけど。
でも、今回の本の中で「オリジン」と「CDA」の設定にちょっとだけ触れる部分があるんだけど、色々と気を使わなくちゃならなくて大変だなぁと思いつつ、なんとこの時点でオリジンもCDAもまだ完結してない。過去作を整合性で解釈するという部分では「ユニコーン」に近いと思うけど、この時点ではそのUCもまだ出てない。
そのくせ「グリーンダイバーズ」「イボルブ」はあるのでアムロのZガンダム3号機らしいものは拾ってあるという、まあ時期が今考えると半端な時期でもあるのか。つーか新約Zで20年前だからそうもなるのか。
やっぱり作者は違えど私の中では「ガンダムUC」に近くて、発想や設定は面白いけど、違和感バリバリすぎて好きにはなれないタイプの作品かも。

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