僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

見たもの読んだものなどの簡単な記録と感想のチラシ裏系ブログ

死刑にいたる病

www.youtube.com監督:白石和彌 
原作:櫛木理宇
日本映画 2022年
☆☆☆☆☆

 

<ストーリー>
 ある大学生・雅也のもとに届いた一通の手紙。
それは世間を震撼させた稀代の連続殺人鬼・榛村からだった。
「罪は認めるが、最後の事件は冤罪だ。犯人が他にいることを証明してほしい」。
過去に地元のパン屋で店主をしていた頃には信頼を寄せていた榛村の願いを聞き入れ、 事件を独自に調べ始めた雅也。
しかし、そこには想像を超える残酷な事件の真相があった―。

 

 

映画ファンからも白石和彌監督作品なら外れ無しと信頼も高く、俳優も白石監督の作品にならどんな役でも良いから是非出たいとオファーも殺到してるらしい。もはや今の時代の日本映画を代表するくらいのポジションになってる感もありますね。私は「孤狼の血」くらいしか見てないので詳しい所は知りませんが、映画ファンの話を聞いてる限りでは、「邦画って面白い映画無いよね」的な薄っぺらい事を言うような人には白石作品を観とけと一言で済む感じがしないでもない。

 


とまあ、私もそんな感じで、「孤狼の血」も実際メチャメチャ面白かったし、そんなに言われる白石監督なら見ておくか的な感じで足を運びましたが、いやぁ、最初から最後まで緊張が途切れず面白かった。

 

予告編を見る感じでは、「羊たちの沈黙」のレクター博士的な、サイコパス殺人の事は実際のサイコパスに聴けっていう(「ザ・バットマン」もそれやってましたね)そんな感じの作品なのかなと思ってましたが、これがなかなか。そっから先に踏み込んでくる感じがとても面白かった。

 

以前にも何かの記事で書いた気がしますが、世の中にまともな人間なんてそもそもめったに居なく無いですか?私はそう思えるような人になんて片手に余るくらいしか会った事が無いし、そもそもそんな風に自分が思った所で、人間なんて裏で、或いは心の奥底で何を考えてるかなんて実際わかりません。

 

私は客商売してますけど、世の中サイコパスだらけですよ。人殺しなんて犯罪まではいかなくとも、他人の気持ちを考えられない自己完結型の人間の何と多い事か。そんなんだらけで嫌になると嘆きたくもなりますが、そうじゃなく、それが当たり前、それが世の中というものなのでしょう、と私は思う事にしている。

 

いや、映画の中の阿部サダヲ演じる榛村はそんなんと比べ物にならないくらいとんでもない人間なのですが、彼の人心掌握術、メンタリストとかそれこそ先日観た「ナイトメアアリー」なんかもそうですけど、人の心の隙間に入り込み、その人をコントロールしてしまう術ってホントに凄い。

 

ただこれってさぁ、同時に世の中に結構あり触れてる事かもね、とも思う。こんな事を言ってしまっては良くないのかもしれませんが、客商売やっててさ、相手を褒めたりすると、良い気分になってるのがわかると、ああこの人は単純な人間なんだな、とか私は内心思うもの。勿論、それだけで全てが上手く行くほど世の中は甘くないですが、そういうのって商売のテクニックの一つですよね。

 

そんなのがあるので、私個人は、そういう商売的な所で褒められた所で、それは仕事としてやってるだけだよね、とか思ってしまいますし、例えばキャバクラに行ったとしましょう。私個人の意図で行く事はありませんが、仕事の流れで数回は行った事がありますけど、行くと凄い困るもの。
キャバ嬢も仕事でやってるんだから、と最初から醒めた視点でしか見れないし(アイドルとかにハマれないのと同じかも)、そこはこちらも仕事として適当に合わせるしかないという、内心物凄く空虚な感じになってしまう。勿論、どんな状況でも話してればそこに得られるものはありますけども。

 

映画の中の榛村も、別に誰でも操れるというわけではない。このタイプならこう感情や思考をコントロール出来る、という得意分野があるから、全て同じタイプの人間のみを狙ってきた。

主人公の心の中にグイグイ入ってくるのが恐ろしい&面白い。それでいて、見てるこちら(観客)まで感情をコントロールされてくるのがまた面白い。

 

そもそも映画ってそういうもの。見ている観客の感情をいかに操るか、というのを演出なり監督は常に考えている。新海誠が、観客の感情の波をグラフ化してそれに基づく演出をしているというのは一部の人には有名らしい(私はマクガイヤーゼミでそれ知った)。そこまでデータにするまででは無くとも、作ってる方はそこを考えて作ってるのは当然の話。今回、やっぱり演出が凄くて、面会室の壁を乗り越えてくるシーンとか(「ラストナイトインソーホー」にも近かった)、そこまででなくとも、ガラス越しに顔が重なってたりと、細かな演出も面白く、立会いの看守の心さえ掌握している事がわかるシーンとか、とてつもなく恐ろしかった。そこのシーンは原作には無いオリジナルの部分の様子。

 

原作ありの映画で一つだけ注意しておかなければならないのは、その面白さが、元々の原作が持っている面白さであるのか、映画として演出されたからこその面白さなのか、その面白さはどちらの手柄なのかっていうのはきちんと把握しておかなければならない部分。勿論、実際に原作を読んでみればそれが一番よくわかる。

 

私は今回、原作を読んでいないので、そこの正しい所はわかりませんが、少し調べた感じでは、話の大筋は同じながら、画の演出などでより恐ろしさを強調したり、原作の持っている魅力を十分に把握し、そこにより深みを加えてあったりしている様子。そこはやっぱり監督の手腕という所かなと思う。

 

サイコパス殺人鬼に取り付かれ、飲み込まれそうになった主人公が、実際に人を殺しかけてしまうが、そこで恐ろしくなり踏みとどまる。単純だけど、ここが境目っていうのはよくわかる気がする。

 

私個人の感覚としては、人を殺したいとか、倫理を踏み越えた犯罪的な所に惹かれる気持ちそのものは否定できないと思っていて、ただそんな気持ちを抱えてはいても、実際には手を出さない、倫理の壁はちゃんと守りますよ、ぐらいが所詮は人間じゃないのかなぁ?と思うタイプの人で、そういう想像すらしてはいけない、そんなのまともな人間の考える事じゃないよ、まで言われると、そうかなぁ?とか思ってしまう方。最初の方に書いた、そもそもまともな人間なんか言う程この世の中に存在するかっていうのはその辺にも関係してくる。

 

そういう意味では、阿部サダヲ、凄くリアルだなぁと思ったし、私は元々この人がボーカルをやってたグループ魂の「君にジュースを買ってあげる」という曲をたまたまラジオで聴いて、こんなDVをコミックソング的に歌うなんて人としてありえないな、と思った半面、これを平気で受け入れてる世の中って何なの?と憤りを覚えた記憶があります。なんか今回、人の倫理観を抉ってくる、という意味ではその延長にある作品だなぁという気がしました。

 

そして白石監督と言えば、次が「仮面ライダー ブラック・サン」です。個人的には映画で見たかったというのが正直な所なのですが、アマプラでの配信ドラマだそうで・・・。う~ん「アマゾンズ」と同じコンセプトなんだろうけども。

 

実は今回、白石監督なら見たいって思ったのって、「孤狼の血」の時のこのインタビュー記事がきっかけだったります

news.goo.ne.jp

ヒーロー物なんて別に好きじゃないけど、マーベル映画が素晴らしいのはエンタメ作品でありながら社会派要素をちゃんと入れてる所だっていう評価をしてるのが流石だなと。

所謂アメコミ界隈、元々アメコミが好きだったタイプの人なら、そういうアメコミの持つ社会性とのリンクみたいなのは昔から語られてるきましたが、映画界隈だとそこの視点に対する評価が弱いなって個人的には感じてたんです。
勿論、そこは映画だと普通に真面目なちゃんとした社会派作品っていうのが沢山あるから、そこを半端にエンタメの中でやっても・・・、エンタメはエンタメと割り切ってやった方が良いんじゃないの?っていう声が出るのはわかるにはわかる。

 

でもそうじゃないんだよな、エンタメの中にそういうテーマを組み込むことで、より深みが出るんだよって私は思うタイプの人なので、このインタビュー読んだ時、白石監督わかってんじゃん!と、凄く応援したくなったのでした。

 

演出力でグイグイ引っ張ってくれるのと、ありきたりな所から、さらに一歩踏み込んでくるこの感じ、本当に面白かった。

 

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小説 スイートプリキュア♪

小説 スイートプリキュア♪ (講談社キャラクター文庫)

著:大野敏哉
刊:講談社 講談社キャラクター文庫024
2016年

描きおろし小説シリーズ第5弾!

「聞こえるか、この悲しい音たちが……」
不気味な唸り声、
吹きすさぶ風の音に
プリキュアたちは!?

 

中学3年になった響、奏、エレンの3人と、メイジャーランドのアコは、それぞれの目標に向かって忙しい毎日を送っている。特にドイツへのピアノ留学が決まっている響は、王子からレッスンを受けていた。ところが、がんばる響の耳に異変が起きた。あらゆる音が今までと違って聞こえるのだった。何かが違う。一人悩む響をあざ笑うかのように、不気味な黒い雲が加音町の空を覆っていた……。


小説プリキュアシリーズ、スイート編。
「スマイル」も、ファンはこういうのを望んでるものかな?感が多少ありましたが、もうそれ以上に、一体これ誰向けに書いたんだ!?という感じで、シリーズ最大の問題作になってます。

 

250ページくらいあるのですが、プリキュアになって活躍するのはその内5ページくらい。あとはもう最初から最後まで延々と、みんながギスギスして、お互いがお互いを傷つけあうような、ファンならちょっとショックを受けてしまうような描写がただひたすら続く。

 

笑えるような場面も無ければ、もうひたすらずっと暗くてモヤモヤした描写が嫌になるくらいホントにず~っとそればっかり続く。

 

一応はね、黒幕みたいなのが居て、それが最後の最後に実はこうでした的な部分が明かされる、ミステリー要素もあって、そのための前振りみたいになってるような所もあるんだとは思う。でもさ~、読んでて楽しい所が全然無くて、本当に辛くなるのです。

 

TVシリーズの方のスイートも、序盤はとにかく響と奏が喧嘩ばっかりしてて、そこが見ていてツライとはよく言われます。というか私も正直、序盤は結構きつかった。キュアビート誕生辺りからは一気に面白くなるんですけど。

ただこの構成もね、後から考えるとその理由はよくわかるのです。メロディとリズムは、二人の力を合わせる事でハーモニーパワーで変身できる。初代とかと同じで単独変身は出来ない設定です。すれ違いという前振りがあって、山場で力を合わせて変身する、という作劇上の構造があるから二人は毎回喧嘩してるんです。そして毎回力を合わせる。そういう作りになってる。

 

よく、2週目は安心して見てられる夫婦喧嘩のじゃれ合いみたいに見えるので、むしろそこが楽しいって言われるのも、よくわかる話です。

 

今回の小説も、ミステリー構造だから、最後の種明かしがあるまでは我慢・・・という構造上の問題もあるのかもしれませんが、それにしたって読んでてツライわ!と、つい投げ出したくなるレベル。

 

久々にスイートのみんなに再会出来て、凄く嬉しいなってワクワクしてたら、こんなどんよりした重たい話を延々と読ませられるって、実際とてもキツかった。

 

作者の大野さん、TVシリーズでのシリーズ構成の人なので、作品に対する愛着が無かったとかそういう事では無いはずです。愛着があるからこそ、作品のその後を小説で書くに当たって、当たり障りの無いものではなく、大人への一歩を歩み始めた、これまでとはちょっと違う皆やその関係性を描きたかったんだろうなとは思うのです。TVシリーズからはほんのちょっとだけ大人になった姿、みたいなものを描こうとして、その中で作者の思想的な所で、変化や痛みもあってこそ大人へと近づいて行くんだよ的な物を描きたかったんだろうなとは思う。

 

思うんだけど・・・いや流石にこう、楽しい部分も一切無いっていうのはなんだか色々とツライです。子供向けじゃなく、大人向けにならこういう話も許されると思って描いたんでしょうし、元の作り手が、成長という部分でこんな風な事を考えているんだなというのは興味深い部分ではあるのですが・・・う~ん、これはちょっと。

 

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シーハルク:シングル・グリーン・フィメール

シーハルク:シングル・グリーン・フィメール

SHE-HULK VOL.1: SINGLE GREEN FEMALE
著:ダン・スロット(作)
 ジュアン・ボビーロ、ポール・ペルティエ(画)
訳:ケン・U・クニタ
刊:MARVEL 小学館集英社プロダクション ShoProBooks
アメコミ 2022年
収録:SHE-HULK #1-6(2004)
☆☆☆☆

 

ディズニープラスでドラマ化決定
スーパーヒーロー法廷ドラマ、
ここに開幕!

シー(女性)ハルク、
職業:弁護士
スーパーヒーロー。
仕事もプライベートも
崖っぷち!?

 

ハルク(ブルース・バナー)の従妹ジェニファー・ウォルターズ。
彼女はアベンジャーズのメンバー“シーハルク”として地球の平和を守りながら、
弁護士としても活躍していた。裁判を抜け出して地球を救ったり、
朝までカラオケで盛り上がったり、人気ファッションモデルと遊んだり……
毎日忙しく過ごしていたある日、彼女は住居と職場を同時に失うことに!
崖っぷちのジェニファーは、人生を立て直すことができるのか!?


実は結構期待してました、シーハルクの個人誌の初の邦訳版。
1980年に初登場なので、結構昔から居るキャラですし、邦訳関係でもたまーに出てたりはするものの、特に彼女がメインで活躍するような話も無く、単純に女版ハルク程度の位置付けなのかなと思ってたのですが、解説とかだと個人誌の「シーハルク」は「法廷コメディ」って書いてある事が多かった。

 

え?法廷コメディ?

何それ面白そうじゃんって昔からずっと思ってました。

 

アメコミヒーローってね、コスチュームのまま法廷に立ったりするシーンが昔からよくあって、ある意味シュールだなっていう反面、逆にスーパーヒーローであろうと裁判は受けるというリアリティの面白さもあって、個人的には凄く惹かれる要素の一つでした。日本のヒーローもこういう政治や社会の仕組みみたいなものをもっと重視して描けばいいのにってアメコミ読んで昔から思ってました。

勿論、全てを現実的にやれば面白いかと言えばそんな事も無いとは思うので、それっぽい描写がある事の面白味、くらいの感じです。

 

まずそこが1つ。そしてもう一つは「コメディ」という部分。
アベンジャーズが世界の危機と戦ってるのと同じ世界観で、こっちはコメディをやるっていう幅の広さが面白いなと。そういう所もあって、シーハルクが出来る度に、個人誌もちょっと読んでみたいよなぁと思ってました。

 

今ドラマをやってる「ミズ.マーベル」の次が「シーハルク」なのかな?もう予告も出てますし、

www.youtube.comそんな流れもあってか、待望の個人誌初邦訳です。(シビルウォーの時も1話分くらいは確か入ってましたが)

2004年と割と古めで現在進行形とかのシリーズではありませんが、それでもこれが結構面白い。

 

本家のハルクと違って、ハルク化に伴うリスクが無いので、普通に「変身」はできるものの、緑色だろうがほぼ無敵化するなら、常にその方がよくね?と、シーハルク状態の方で普段から生活しているという、あっけらかんな性格。

 

いや凄いよね。悲劇のヒロインとかじゃなく、素直にそれを受け入れて、堂々としている辺りが、なかなか日本じゃこういうヒロイン像は無い感じがして、そこも新鮮で面白いです。

 

つーかアベンジャーズマンションに行きずりの男連れ込んだりしてる内に、キャップから君は職権乱用しすぎ。仲間である事に変わりは無いけど、風紀を乱すのでこっから出てってほしいとか言われてしまうのが何とも。ああ~シーハルクさん、こういうタイプなのか。

 

その性格のおかげか、これまでの弁護士事務所まで首になってしまった所で、別の所からも声がかかる。自身スーパーヒーローなら、それ専門の事件の弁護士をやってみないか?と新しい事務所に声をかけてもらい、そちらのお世話になる事に。

 

死亡した被害者自身が幽霊となって証言台に立つ。幽霊の証言なんて過去の裁判に例が無いぞ?そもそも被害者自身でもある。法廷で果たしてそれが認められるのか?という面白い展開に対して、マーベルユニバースは死んで蘇る例なんてごまんとあるぞ?というギャグだかマジだかわからない感じで法廷が進むとか、最高に面白かった。

 

他にも、スパイダーマンがビューグル編集長J・ジョナムソンを名誉棄損で訴えるとか、その後の展開とかオチも含めて、メチャメチャ面白い。

 

スト2話は、事務所の所長の孫娘がヴィランで、それの弁護が目的でシーハルクを雇ったという、ややシリアスな展開に。まだ時系列的には「シビル・ウォー」前なので、ニュー・ウォリアーズが普通に出てきたりする辺りがちょっと痛々しい。

 


この後も、2期3期と続いたようで、いわゆるメインストリームからはちょっと外れた特殊なシリーズみたいな位置付けで人気があった感じでしょうか?今の所告知はされてませんが、この後の続きも是非読みたいです。

 

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Purizm VOL.10

Purizm(プリズム) Vol.10 [巻頭特集]デリシャスパーティ♡プリキュア[雑誌]

プリズム エンタメ&ポップカルチャーマガジン
2022年8月1日発行 月刊Comic REX8月号増刊
August.2022 VOL.10
刊:一迅社
☆☆

 

いつのまにかフェブリの後継雑誌なんて出てたんですね。

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こちらのムック本の時に少し触れましたが、確かゴープリの時からだった気がします。夏の中盤戦くらいまでの時期に30ページ強くらいの特集&インタビュー記事を掲載してくれるようになり、それが毎年の定例となって、風物詩の一つとして楽しんでいたのですが、雑誌そのものが休刊、web媒体になっていた・・・と、私は思ってたのですが、「Pirizm」と名前を変えて、一応は紙媒体の雑誌としても別の形で復刊していたようです。

 

アイマスの漫画が載ってるので、前の雑誌の継続なんだってすぐにわかりましたが、コラムや特集記事が激減、アイマスの漫画2本に他のオリジナルなのかな?それが1本。ほとんどその漫画がメインで、そのおまけで別の記事が少しある、程度の雑誌になっちゃってて、なんだか色々縮小しちゃった感じが否めず。実質はアイマスのコミックが読みたい人向けの本っぽい。

 


プリキュア特集も20Pとこれまでより少なめ。深澤監督とキャラデザの油布さんそれぞれのインタビュー、プリキュアキャスト3人の座談会を収録。

 

キュアプレシャス、ゆいちゃんのキャラクターはよく食べよく寝るので力持ちに育つ、だからパワー系のキャラという事らしい。500キロカロリーパンチって、ダイエットとか経験した事のある身としては、それくらいカロリーを消費する技なんだ的な感覚でしたけど、どっちかつーと、凄い威力がある的なものを数字で表してる、という感じなのかな?

ゆいちゃん、1話でスポーツ万能な所を見せてましたが、よく食べて、よく動いて、よく寝る的な健康的な感じで、見ている子供たちにもこうあってほしいという願望があっての事。ここはね、過去のプリキュアも良く食べる描写が多かったのは、子供の頃からダイエットとかそんなのは気にしてほしく無い、沢山食べてすくすく育ってほしい、というのはプリキュア初期の頃からのコンセプトでもあるので、そこを意図したわけではないけど、プリキュアの基本的な部分を自然と受け継いでる子なんだなって思えて、なかなかに感慨深いです。

 

そしてその意図したわけじゃないというのはキャラデザも同じ。ふっくらした感じのデザインが良いと周りに言われたけど、単純に自分の好みで描いてただけで、こういう作品だからという意図したものではなかったっぽい。少女マンガ的なシュッとした感じで無く、どっちかつうとアニメアニメした丸っこいデザインだなぁという感じはしてたので、そこはたまたまそういうのが好きだったと。そして、キャラデザに選ばれた決め手はプリキュアの方ではなく、むしろコメコメが可愛かったから、という面白エピソードも。多分、人間体のコメコメだよねぇ。なんか独特の可愛さがある。

 

キャストインタビューも、アフレコの様子とか聞く限り、キャラと中の人は今回は近い印象。プレシャス役の菱川花菜さん、先日高校卒業したばっかの新人さんですけど、ダメ出しとかにも心折れずに果敢に立ち向かうタイプの様子。なんかゆいちゃんっぽい。

 

個人的には中の人の井口裕香が他のアニメとかでも触れて来た作品が多い分、押しとしてはヤムヤムかなと思ってりしたのですが、毎週作品を見てると、正直、スパイシー/ここねちゃんが可愛いなと思うし、こんな感じでインタビューを見てると、真っすぐなプレシャスと中の人も応援したくなるな、という気にさせられます。

 

毎度の事ですが、プリキュアはね、結局みんなの事好きになるんですよ。1年見てれば、それぞれのキャラがちゃんと掘り下げられて行って、それぞれのキャラに愛着が持てるようになる。この子はこういう子だよね、的な感じでつい一人一人語ってしまうっていうね。

 

一つ残念なのは休止期間もあって、実質やっと1クール終わってまだ2クール目の序盤という感じで、インタビューで触れられる部分も少ないというのが残念。追加戦士はもう公式で発表されてるというのに、そこには今回は触れず。いや私もすぐ追加戦士のストーリーに入るのかと思ってたら、まさかのブラペさんのターンかい!ってなってます。ブラックペッパーさん、おそらく商品展開は無いかと思われますが、番外戦士的な扱いにはなるんでしょうか?

 

休止期間の事はインタビューでも一切触れられてませんが、話数短縮は免れないかと思うので、後半はどうなる事やらって感じです。基本は1年物ですし、毎週話が進むわけじゃないから比較的調整はし易い方かとは思いますけれど。

 

本の全体的な縮小感は否めず、ちょっと割高な感じはしましたが、ヒープリ・トロプリと無かった時期もあってそれは寂しかったので、とりあえず復刊?しれくれてありがたいです。気が早いですが来年は20周年なので、また別アプローチのムック本に期待してますよ、一迅社さん。

 

 

Febri (フェブリ) Vol.30

Febri Vol.36

Febri(フェブリ) Vol.43 [巻頭特集] キラキラ☆プリキュアアラモード [雑誌]

Febri(フェブリ) Vol.56 [巻頭特集]スター☆トゥインクルプリキュア[雑誌]

 

 

バットマン:ノーマンズ・ランド 2

:バットマン:ノーマンズ・ランド 2 (DCコミックス)

BATMAN: NO MAN'S LAND VOLUME 2
著:グレッグ・ルッカ、ケリー・バケット、チャック・ディクソン、
 スコット・ビーティ、デニス・オニール、ダフィド・ウィン
 クリス・ルノー、ジョン・オストランダー、ラリー・ハマ(作)
 マイク・テオダート・ジュニア、ダミオン・スコット、アンディ・クーン、
 スタッズ・ジョンソン、ロジャー・ロビンソン、パスカル・アリクシー、
 エドゥアルド・バレート、グラハム・ノーラン、スコット・マクダニエル
 ダン・ジャーゲンス、ジム・バレント、リック・バーチェット(画)
訳:高木亮
刊:DC COMICS 小学館集英社プロダクション ShoProBooks 全4巻
アメコミ 2015年
収録:
 Batman: Legends of the Dark Knight #119-121
 Batman: Shadow of the Bat #87-88
 Batman #567-568
 Detective Comics #734-735
 Young Justice:No Man's Land #1 
 Robin Vol.4 #67
 Azrael: Agent of the Bat #56-57
 Batman Chronicles #17
 Nightwing Vol.2 #35-37
 Catwoman Vol.2 #72-74(1999)
☆☆☆☆

 

英雄たちの帰還…!
バットマンの要請を受け、ついに彼の仲間たちがゴッサムシティに帰ってきた。
ロビン、ナイトウィング、そして正体不明の新バットガール……。
法と秩序を取り戻すための戦いが始まる……!


大震災で法と秩序が失われ、“無人の大地(ノーマンズ・ランド)”と化した、ゴッサムシティ。バットマンが戻ってきて、街の一部は平穏を取り戻しつつあったが、相変わらずギャングは市民を脅かし、街の支配を巡るヴィランたちの縄張り争いは続いていた。しかも姿を消していたバットマンに対する、ゴードン本部長の不信感はいまだ消えていない。そんななかで、バットマンはついに仲間たちに招集をかける。ロビン、ナイトウィングそして正体不明の新バットガール……荒廃した街の支配を取り戻すために、ギャングやヴィランとの戦いに乗り出すバットファミリー。果たして彼らは愛する街を、底なしの絶望から救うことができるのか?

バットマン史上に残る壮大な叙事詩、第2巻!


という事でノーマンズランド第2巻。
ロビンとナイトウィングゴッサムに帰還。各々が別の場所で、別のストーリーも展開されていた中で、強引に呼び戻されて、何だよ!ってブルースに文句垂れる辺りもまた心地良い。この時系列だとディック・グレイソンティム・ドレイクのみですが、やっぱねぇバットマンは歴代ロビンが居てこそですよ。

 

文句言わずに従えってバットマンは言っちゃうけど、そういう態度はいかがなものなの?だから皆に嫌われるんだよって逆にバットマンに言えちゃう感じがロビンの面白さだと私は思う。バットマンのみならず、歴代ロビン同士の関係とかも面白かったり、いわゆる腐な方々に意外とロビンの人気があるらしいのは、凄く良く分かる話です。

 

ついでと言っては何だけど、キャットウーマンも招集。ゴッサムは隔離されてるので、入るのも出るのも困難なのだが、わざわざNYから呼びつけておいて、一度また戻って仕事して来てくれる?それからまたゴッサムに来てよ!というバットマンサイコパス具合が面白いし、それに従うキャットウーマンもどうなのよこれ?感が凄い。ハッキリ言ってここは異常な関係性。

 

そして、かつてはバットガールだった過去故のわだかまりがあったバーバラと新バットガールの和解と継承。アズラエルは当面の目的だったニコラス・スクラッチとの最終決戦に挑む、と各々のストーリーが展開していくのも面白い。ゴッサム市警はゴードンとスワット部隊でチームが2分。

 

ヴィラン側はポイズンアイビークレイフェイス、ミスターフリーズ辺りが今回は話の中心。食量不足の中で、植物を自由に操れるアイビーはこの環境だとそりゃ強いわな。果物とか野菜の生産も出来ちゃうわけだし。所謂縄張り争いには絡まない中、公園を自分の陣地として乗っ取り、子供達を保護するという、ヴィランながら特殊な位置に居るアイビーは面白い。

 

あと、ロビンの帰還に当たって、ヤングジャスティスの話が1本だけ入ってるんですが、スーパーボーイとインパルスの悪ガキっぷりが凄い。3代目ロビンのティムは歴代ロビンの中でも最も頭脳派と言われる事も多いので、やっぱりそのイメージ強いけど、この枠の中に入っちゃうと、ロビンもまたやっぱり悪ガキなんだろうなと。後の4代目のダミアンの方がそういうイメージは強いけども。

 

1巻と同じく、辞書並みに分厚い本なので、入るのに躊躇するけど、多様なキャラクターに多様な話で、ホントにサクッと読めて面白い。話の舞台背景的にはね、ある意味ではやること無くて停滞してたからこんな路線になったのかな?とも思わなくは無いんだけど、人気作故の勢いみたいなのも存分に感じられて、非常に面白いですわ。

 

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プロメテア

プロメテア 1 (ShoPro Books)

PROMETHEA
著:アラン・ムーア(作)
 J・H・ウィリアムズIII(画)
訳:柳下毅一郎
刊:DC/VERTIGO 小学館集英社プロダクション ShoProBooks 全3巻
アメコミ 2014-19年
収録:PROMETHEA #1-32(1999-2005)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

宇多丸氏、驚嘆!!
グラフィック・ノベルという形式(フォーマット)から極限の可能性を
引き出してみせる、アラン・ムーアの魔術的偉業!
こうして、理想的邦訳がきっちり最終巻まで刊行されたこと自体の幸福を、
我々は噛み締めなければならない。
――ライムスター宇多丸(ラッパー/ラジオパーソナリティ

 

18世紀の叙事詩、新聞連載漫画、パルプ雑誌、都市伝説……
歴史上のさまざまな語りの中に登場し、痕跡を残してきた女神プロメテア。
レポート執筆のため、プロメテアを取材していた平凡な女子大生ソフィーは、
ひょんなことからプロメテアに変身する能力を得てしまう。
やがて“生ける物語”プロメテアに、魔の眷属が次々と襲いかかり……?

2001年にアイズナー賞、2006年にハーベイ賞を受賞した
アラン・ムーア渾身のニューエイジコミックがついに登場!!

 

 

実は以前に1巻の途中までは読んでたのですが、途中で放置。アラン・ムーアですから一筋縄で行く訳もなく、サクッと軽く読めるようなはずもなく、入院の有り余る時間で何を読もうかと考えた時に真っ先に頭に思い浮かんだのがこの作品。

 

何か2巻だけ増刷されずにプレミアついてるっぽいですが、私はその都度買うだけは買っておいたのでその点は問題無し。ただ、プレミアついても買う価値のある本ですし、そうでなくとも今後10年20年とか、再販される可能性は十分にあるのかなという気はします。

 

誤解を恐れずにハッキリ言います。多分、この世の中にあるコミック、何十年と言う歴史もありますし、その多様さは勿論あるとは思いますが、多分これは全てのコミック・漫画、そういったものの一番上の作品だと思われます。コミックと言う分野の頂点にある作品と言っても過言では無いはず。

 

以前、何かの記事の時も書きましたけど、私はアラン・ムーア作「ウォッチメン」の呪いにかけられてます。1998年だったかな?初の邦訳が出て、それを読んで以来、これを超える漫画は世の中には存在しないんじゃなかろうか?と思わされてしまい、まあ実際今の今までウォッチメンを超えるコミックには出会った事が無かった。

 

いや、面白い漫画やコミックなんて山ほどあるし、そういうものに価値が無いとかそういう言い方はしたくないのですが、私にとって面白いというのは、漫画や映画に関わらず、「楽しい」とか「好き」とかだけを重視して考えて無いんです。「文化的価値」「芸術的価値」「社会的価値」そういった多角的な視点で物事の価値は判断します。

 

今回「プロメテア」を読んでて、ああこれはやばい遂に「ウォッチメン」を超えて来たかと。アラン・ムーアアラン・ムーア自身でしか超えられないという展開。まあそれでも、正直に言えば「ウォッチメン」の方が読んでて話としては面白いし、ウォッチメンはこれまで数回読み返しましたけど、「プロメテア」は今後読み返すかな?と考えたら、そういう面白味では無いかもしれない。

 

ムーアの「フロム・ヘル」と比べたら読み返す可能性はゼロでは無い気はするけど。「フロム・ヘル」あまりの難解さに絶対に2度と読み返す事は無いです。そこら辺から「プロメテア」へ継続してるテーマもあると感じたので、そこは後ほど少し語ります。

 

そんなプロメテア、世間的には魔術書の入門編的な読まれ方をされてるらしいのですが、個人的にはその前段階の部分。「想像界」という所を掘り下げてある辺りが、好みのポイントだったでしょうか。

 

我々が存在している現実世界・物質世界の更に上位概念として「想像界」というのが存在するという体で話が作られている。想像力とかイマジネーションが大事、みたいなのはそれこ古今東西の物語で描かれてきた定番の話ですし、私もそういうの好きですが、そこから更に推し進めて、想像界という世界が現存するという踏み込み方をしている。

 

マトリックス」なんかでもベースとされた孔子の「胡蝶の夢」なんかにも近い部分がありますし、少し捻ったタイプの話なんかだと、神様は人間の願望が生みだしたものだから、想像が生み出した概念が故に、存在もするし、それを証明する事は可能である、みたいなのもたまにあるじゃないですか。「神様」を「UFO」に置き換えてもいい、集団幻想と言ってしまえばそれが正体なんだけど、その想像が世界をそう作り変えてしまうというか。

 


アラン・ムーア作「フロム・ヘル」って私は1回しか読んで無いし、あまり自分と同じような解釈は見た事が無いので、もしかしたら間違ってるかもしれませんが、要はあの話って、ガル博士=切り裂きジャック劇場型犯罪をする事によって、この世界に呪いをかけた。殺人事件を娯楽的に消費するメディアもそうだし、そこに惹かれる犯罪者もあれば、そこに賛を唱えなくとも、逆にそこに怯える気持ちを植えつけられただけでも、それはその人の精神に影響を与えたという事でもある。あの事件を境に、世界は自覚があるかどうかは別として、変化が起きた。あれが世界にとってのターニングポイントでもあり、それは実はガル博士が意図的に仕掛けた魔術的行為であり、犯罪の世紀を呼び起こすものであったのだ。地獄の蓋はガル博士によって開け放たれた。この世界=地獄へようこそ。フロム・ヘル

 

・・・という話だったと私は解釈してるんですけど、それで合ってます?
ああ、勿論映画版はそんな要素1ミリも無いけど。あくまでムーア先生が描いた原作の話。

 

今回の「プロメテア」も構造としては少し似ていると言うか、そういったムーア先生の至高の次の段階。「想像界」というのは勿論、コミックの世界の話であり、そこに留まらず、フィクションや芸術全般でもあり、果てはそのロジックで行けば、文化や宗教、神という概念でさえ、想像界の階層の一つでしか無いという事になる。実際に作中でもイエス・キリストの誕生や概念に触れ、そんなのはあくまで序の口だとして、そこからさらに踏み込むというか、上位概念まで描き始める。(ちゃっかり番外編でクゥトゥルーまで語っちゃうのがムーア先生のお茶目な所)

 

ユダヤ教カバラではセフィロトの木とも呼ばれる生命の樹、宇宙万物を解析する為の象徴図を一つ一つの世界としてそこを巡っていく物語が描かれ、それこそ、この宇宙の全てを解き明かして?読者に説明して行く。

 

「セフィロトの木」とかってさぁ、「エヴァンゲリオン」でもOPとかで使われてたけど、要はあれってカッコいいからそれっぽいものを引用し使ってるだけであって、意味は無いんですよね。勿論、こじつけでそれっぽく設定は作ってあるんだろうけど、やっぱりあれはコピーでしかない。
ムーア先生の凄い所は、ムーア先生も引用というのは多用するんだけど、そこをきちんと調べて全て理解した上で、自分の作品でそれを再定義させて、新しい物を生みだすという事をやってるのが凄い。

 

まあそれを読者が理解出来るのかというはまた別問題だとして(私もとてもじゃないけど全部は理解出来ませんでしたし)少なくとも、ムーア先生の中ではきちっと全てのつじつまが合うように描いてあるのでしょう。

 

全ての文化、宗教、神、学問や科学、人間が想像で生みだせるもの全てをここに集約させて、ついには終末を向かえる。ムーア先生の凄い所は、それを読書体験に重ね合わせて描いてある所。宇宙万物の全ての根源をちゃんとこの物語では描き切りましたよ、それを受けて何か変化があるとすれば、それはこの本を読んだあなたです、というメタ体験を突き付けてくる。

 

いやこれね、「ウォッチメン」における、ラストでロールシャッハの日誌を受け取るシーモアじゃないですか?お前みたいな何の役にも立たないクズでも、一生に一度くらいは誰かに誇れる価値のある仕事をしてみろ!っていう。

 

かつてはガル博士が世界にかけた呪いを、今度は解放させてみろと。想像力の生み出す力、人間の知力はこの宇宙の概念さえも作り変える事が出来ると主張するのだ。

 

いやもう何か凄いとしか言いようが無い。人間の「想像力」をテーマにして、ここまで風呂敷を広げてくるとはまさに夢にも思いませんでした。

 

ちょいと最後に、私らしい感想も付け加えておきましょうか。
訳者の柳下毅一郎さん、プロメテアは魔女っ子物なので日本で言えばプリキュアみたいなもんですよ、みたいな事を言ってたりしました。まあネタ的に言ってるだけだと思うし、そもそも柳下はプリキュアとか見ない人だと思うので、プリオタの私が面白い補足をしておきましょう。

初代プリキュア、最終決戦でピンチに陥った時に、「自分の心の中は誰からも自由。想像力は誰も縛ったりは出来ない」的な発想が反撃の切っ掛けになったりしてます。

え~!?うん、はい。嘘みたいな話ですが、あながち「プロメテアはプリキュアみたいなもん」っていう言い方も間違っては居ないのかも。

 

そして、このムーア先生の異常とも言える頭の中を、ちゃんと絵として表現しきるJ・H・ウィリアムズ3世さんのアートも正直言って異常を通り越してるレベルです。なんでも、難解かつ高尚過ぎてほとんどの人がついていけないこのシナリオをアートへの興味で惹きつけたJ・H・ウィリアムズのセンスこそ評価すべきって声も多いようで、それも実際に読んでるとそれもその通りだと納得出来ます。

 

決して万人が楽しめるような漫画ではありませんが、総合芸術としての漫画・コミックという面では、間違い無く歴史に残る1作ですし。一つの頂点でしょう。
帯のライムスター宇多丸のコメントにもあるように、これが邦訳版できっちり刊行されたのは物凄い価値です。

 

例えば漫画論的な物を語る機会があるとして、「ウォッチメン」とか「プロメテア」に一切触れずに漫画とは何かを語ってたら、それにどれほどの価値や意味が見いだせるのか?ってなっちゃいますよね。だって一つの究極レベルの形がここにあるわけだし。プロメテアは日本に入ってきてないからねぇ・・・って言い訳はもう通用しないという状況になっちゃった。

 

私は「ウォッチメン」の方が思い入れもあって好きですが、まさかのあれを超える物が生きてる内に読めるとは思って無かったので、そういう意味では貴重すぎる読書体験でした。

プロメテア 2 (ShoPro Books)

プロメテア 3 (ShoPro Books)

 

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小説 スマイルプリキュア!

小説 スマイルプリキュア! (講談社キャラクター文庫)

著:小林雄次
刊:講談社 講談社キャラクター文庫023
2016年
☆☆☆


描きおろし小説シリーズ第4弾!

ククククク……
みなさん、絶望の物語
もう始まっていますよ!
再び甦った
ジョーカーの言葉に、
プリキュアたちは――。

 

10年後。みゆきは本屋の店員。あかねは実家のお好み焼き屋で働いている。やよいは人気マンガ家、なおはサッカーチームのコーチ、れいかは中学校の教員になっていた。一見平和な日々を送っていた5人だが、しかし、この世界は何かおかしいと気付き始めた。そこは、ジョーカーは仕掛けた「絶望の物語」の中だったのだ……。

 

TVシリーズから10年後、24歳のそれぞれに大人になった5人の姿が描かれるという、ファンにとっては見たいような見たくないような、それでも興味は惹かれてしまう面白い設定。

 

この作品に限らですが、少年少女だった物語の主人公のその後を描く作品ってちょこちょこありますよね。リアルタイムでは無いにせよ、物語の中では永遠だったヒーローやヒロインが、自分と同じように歳をとったらどんな感じになってるんだろうか?というのは何だかんだ言っても興味はあったりしますよね。

 

特に幼少の頃に見たヒーローなんかだと、それはあこがれでありずっと先の大人の世界だと思っていたけれど、気がついた時には、自分がそんなヒーローやヒロインの年齢を超えていて、ちょっとそこにショックを受ける、みたいなのはありがちです。あの時にあこがれたヒーローみたいに自分は成れているかな?う~んいやぁ現実はねぇ・・・みたいな奴。

 

ちょっとプリキュアから話は外れますが、この手の路線で一番面白いのはやっぱりフランク・ミラーの「ダークナイトリターンズ」です。バットマンは自分の憧れで理想の父親像だった。けれど自分がその歳を越してしまった。そんなの許せない。だったらもっと壮年の、引退間際の歳をとったバットマンの最後の戦いを自分が描いてしまえ!というモチベーションで新たに描いた物語が歴史を変えるほどの傑作を生み出す結果になった、っていうのは最高に好きな話。

 

話をプリキュアに戻すと、まあプリキュアも所詮は子供が夢に描くキラキラな理想の姿であって、現実はそう上手くいかねーわな、みたいな事をあえて描いてある。

 

5人の将来。それなりの生活を送っている風で、そこから全員挫折を叩きつけられるという、え?これ大丈夫?プリキュアでこんなん読まされるってどうなの?みたいな感じは否めません。いや、ある意味では面白いけどさぁ・・・みたいな。

 

勿論、これはジョーカーの罠でした的な示唆は要所要所でわかるようにはなってるんだけど、その罠を打ち破るカタルシスとかそういう為の仕掛けじゃ無く、そこを方便にして、リアルな大人像みたいなものをあえて描くという、ある種の実験というか、そういうスタイルの話だったりする。

 

「魔女見習いを探して」なんかでもやってたパターンですね。社会に出て、夢や希望だけじゃ無く、現実も突き付けられて、なかなか上手くはいかないなぁみたいなのをあえて描く事で、大人になった視聴者に親近感を持たせるというタイプのお話。

 

「スマイル」なんかは特にね、ギャグ多めの明るい作風でしたし、大人の考えでは無く、中学生の考えや気持ちを重視したいっていう作風でしたので、そこ考えるとこの小説のギャップはなかなかのものです。

 

いやTVシリーズでもね、終盤のバッドエンドプリキュアとか、自分のネガと向き合う話とかもあるにはありましたが。

www.youtube.com「ネガティブな私、どいてぇ~っ!」っていうキュアハッピーの、というか福圓さんの魂の叫びは私大好きですし。

 

ただやっぱりプリキュアも枠としては子供向けのヒーロー番組という大枠で言えば、子供の頃に夢中になって見てたけど、何時の間にか卒業して、大人になる頃にはもうプリキュアの事なんか忘れてる、というのが大半の人なわけです。

 

そんな中でね「魔女皆習い」とかこの小説スマイルとかに触れてね、自分も大人になったな、みたいなのを重ね合わせた上で、それでもかつて好きだったヒーローヒロインに再度また励まされる、みたいなのを狙った話なのでしょう。

 

ただ一つ気になるのは、最終章でね、ジョーカーの夢の世界だったというのがわかって、再び中学生の時に戻るんだけど、姿は夢の中の大人のままで「24歳の大人プリキア」とかわざわざセリフで言わせたりしてるんですが(イラストこそ無いですが、何とエターナルフォームとか新しい設定も作ってたりする)、言いたい事は十分にわかる。え?大人でもプリキュアになれちゃうの!?みたいなサプライズをやりたかったんでしょう。

 

でもね、私は重度のプリオタですし(つーかこんな小説版まで読む人なんてオタクしか居ないと思うけど)「HUGっとプリキュア」を通り過ぎてしまうとね、え?そこって驚く所?と思ってしまうのです。HUGは2018年ですので、この小説が世に出た時にはまだスタート前です。ご存知の通り、HUGでは「大人だって何でも出来る、何でもなれる」を掲げて、ラストでは老若男女誰でもプリキュアになれると声高らかに宣言してくれました。

 

勿論、この小説の言わんとしてる事というか、普通は大人になってもプリキュアとか言わないよなっていうのはわかる。世間的にはむしろそれが普通だとは思うし、逆に言えばね、「HUG」のムック本のまとめの時にも書いたけど、そこを信じる事の大切さや価値をあえて声高らかに主張したのがHUGという作品の特色でもあったわけで、そこの違いや流れ、変化みたいなものも含めて面白いなと思ったりします。

 

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