僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

見たもの読んだものなどの簡単な記録と感想のチラシ裏系ブログ

デリシャスパーティ♡プリキュア

デリシャスパーティ・プリキュア 【Blu-ray】vol.4

Delicious Party♡Precure
シリーズディレクター:深澤敏則
シリーズ構成:平林佐和子
プロデュサー:安見香
TVアニメ 2022~23 全45話
☆☆☆☆☆

ごはんは笑顔♡みんなあつまれ! いただきます!!

 

プリキュアTVシリーズ、19作目「デリシャスパーティ♡プリキュア」完結いたしました。
いやぁ、もう毎年ですけれど、1年間一緒に走りぬけてきた仲間とこうして一つのゴールを迎えるっていうのは特別な事です。いや、感謝祭が区切りだ、いやいや最後のファンブックが残ってるぞと、気持ち的にはもうちょっと先まで続きますけれども。


恐らく今年も春のオールスター枠映画は無いのかなと思うとそこは寂しいですが、私が予想していた20周年記念の特別枠映画をやるんじゃないかって話は実際の所どうなるかといった所。「ひろプリ」の制作発表会見でその辺はどんな発表がされるのか気になる所ですが、まずはデパプリの話です。

 

デパプリ、割と最初の方でスタッフが、グルメプリキュアとかじゃないですよ的な事は言ってたのですが、各話は面白いですし、キャラデザも好きな部類なので普通に楽しんでは見てましたが、テーマ的な所は私の中ではちょっとボンヤリしてました。

 

2作前の「ヒーリングっどプリキュア」からコロナ禍に重なり、次の「トロピカル~ジュプリキュア」辺りでは明るい作風でしたし、そこもまた収まってそれ以前の日常に少しずつでも戻っていくのかなと思ってましたが、デパプリはデパプリで、サイバー攻撃とかの理由で放送が中断。

 

なかなか思う通りにはいかない世の中で、凄くモヤモヤします。偶然もあれば時代の流れもある、戦争もあればテロまである今の世の中、格差社会も相変わらずで、将来の夢とかを語る以前に、今を必死に生き抜いていかなければならない。そういう意味での「ヒープリ」以降のサバイブプリキュア3部作として私はそんなテーマ設定に期待したいと1話の感想に書きました。

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途中まではね、ぶっちゃけその辺りは私のプリキュア研究としてのテーマであって作り手はそこまで意識してない部分だろうと内心思ってる部分がありましたが、映画の方では露骨に貧困問題とかを取り上げてきた。いやでもプリキュアは映画とTVは別監督なので、映画は映画で別個に何かしらのテーマ設定を設ける事も多いしなという感覚では居ましたが、終わってみればTVシリーズもその辺りはちゃんと終盤で描いてきた。

 

ええ、まさかデパプリは共産党プリキュアだったとは流石に予想外でした。いや、ヒーローは基本左側ですよってのは以前から私は常々言ってきた事ではあるので、ヒーロー物としてのプリキュアを考えればそういった思想的な部分では別におかしい事じゃあないのですけれど。

 

つっても「共産党」とか言ってしまうと、変なイメージを持ってる人も中には居るかもしれないし、まあ作中で語られいてるのは「産=お金」の話では無いので別の言い方をすると、デパプリでは言うなればそれを「幸せ」みたいなものに置き換えてあるわけです。


共産党ってざっくり言えば、「富を一人占めにするんじゃなくてそれを分配してみんなで分けあう形にしましょうよ」っていう考え方。
デパプリでやってたのは「幸せを一人占めにするんじゃなくて、その幸せはみんなでシェアした方が、みんなが幸せになって世界がもっと良くなるよ」っていう考え方です。

 

ゴーダッツは自分一人が幸せになるために「モットウバウゾー」と幸せを一人占めしようとする。他人が幸せになれば、その分、自分が不幸になってしまうからそれは嫌だという考え方でした。

 

それに対するプリキュアはこう言います
キュアスパイシー「分け合うおいしさ、焼きつけるわ!」
キュアヤムヤム「おいしいの独り占め、ゆるさないよ!」
変身後のキメゼリフですが、「おいしい」の部分を「しあわせ」と置き換えてみましょう。幸せは一人占めするものじゃなく、分けあった方がみんなが幸せになれる。そういう事をこの作品は言ってたわけです。


世の中には「自助・共助・公助」という言葉や考え方があります。

「自助」というのは自分の力で何とかしろという個人主義。老後の備えに一人2千万貯金して下さい。それは個人の責任、自分の命は自分で面倒をみろよ、世の中誰も助けてなんかくれないぞ、全ては自己責任。この世の中は弱肉強食の世界生き伸びる力が無い奴は、そいつは世の中を生きて行く資格が無いと冷たくあしらう考え方。今の自民党なんかがまさにこれですし、残念ながらそれが資本主義というものです。強い奴だけが生き伸びる事が出来る。思想で言えば右側。


対する「公助」は、国が公的に社会から落ちこぼれてしまわないような仕組みを作らなければならない、それは人の命は平等だから、力のある無しに関係なく、みんなが生きて行ける社会を目指さなければという考え方で、社会主義とか富の分配を目指す共産党とかの考え方。思想で言えば左側。SDGSとかもこういうのに近いですね。

 

残る「共助」というのは、まあ政治とか思想面ではあまり使われない言葉ですが、災害対策とか社会福祉の方で主に使われる言葉になるのかな?個人の力や社会の構造だけでなく、まずみんなで助け合おうよという物凄く当たり前の考え方。いやこれそんな「当たり前」の考え方じゃないのかなぁ?

 

目の前に困ってる人が居たらさ、まず手を差し伸べようと思わないですか?私がプリキュア好きだからそんな事を思うのか?実際はそう思わない人も世の中には多いですよね。そういうケースは私も何度も見て来ました。自分には関係の無い問題だ。余計な物には関わらない方が無難。他人が困っても自分が困るわけじゃないからと目を瞑ってしまう。


でもさぁ、それってもしその困っている人が自分だったらどうすんのよ?っていう話ですよね。

 

理想論かもしれないけれど、例えばまた震災とか何か災害があったとして、水や食料とか燃料、みんなで分けあいましょうよってやっぱり私なんかは思うっちゃう方。

それは自分が備えて無いのが悪い。俺は自分でちゃんと備えていたからお前たちになんか渡さない。それがこの厳しい現実の中で生き伸びる手段なんだ、っていうのも決してわからないわけじゃあないですよ。

でも、何も自分を犠牲にしてまでとか言ってるんじゃないんですよ?助けられる余力があるのなら、そこで手を差し伸べるって普通じゃありません?

 

その考え方の根っこにあるのは、もし自分が不幸の最中にあって困ってたらさ、そこでもし誰かに手をさしのべられたら、それはとても嬉しいし、とてもありがたいと思うし、とても助かったと思えるわけじゃん?

 

いつ何時に自分がそういう立場になってしまう可能性なんていくらでもある今の世の中で、そういう気持ちって大事だよね、というのを今回の「デリシャスパーティ♡プリキュア」は描いていたのでしょう。「シェアする喜び」とはつまりはそういう事だと思うんです。「共助」って凄く良い考え方だよねっていう。


ぶっちゃけ最初は私もよくわかりませんでした。感謝する気持ちとかそうい物の大切さを訴えているのかな?程度の理解しかできず、まあそれは確かに良い事だよなくらいでした。


それがね、クライマックスできちんと伏線回収的に入れてくるわけですよ、おむすびがモチーフだから「結」」ちゃん。そしてそれは人と人とを結びつけるもの。奪う事では無く、シェアする事で得られるもの、人はたった一言の「ありがとう」だけで心が満たされ、それだけで人は生きていける。「おいしい笑顔で満たしてあげる!」それはかけがえない物、尊い心。それがプレシャス。


ゆいちゃん前半はね「おばあちゃんがこんな事を言っていた」で全てが解決できた。いわゆる無敵の人でした。ネットとか、映画の「ジョーカー」みたいな背負うものが何も無いからこそ何でも出来るという意味での「無敵の人」じゃないですよ。文字通り何でも出来るおばあちゃんの知恵袋的な物で全てを解決できるスーパーガール的な感じで、やや面白味には欠けるかな?という印象でした。

 

ただねぇ、そこはあくまで前振りでした。終盤、おばあちゃんの言葉だけでは解決できない問題が降りかかる。そこで挫折を味わい、涙もするけれど、逆にそこでね、おばあちゃんの教えだけでなく、自分で体験して、自分の頭で考えた自分なりの答えも必要なんだと気がついて、そこでちゃんとゆいちゃんも成長する姿が描かれました。

 

ここがねぇ、やっぱり凄く良くって、秋の映画でゆいちゃん役のCV菱川花菜ちゃんがね、思うような演技が出来なくって泣きながら頑張りました的な事を言っててさぁ、そこと凄くシンクロして、凄くグッと来る部分でした。

 

昔からの伝統、先人の教え。それはそれで大切だけど、その全てが今を生きる私たちにぴったり合う考えかどうかはわからない。だから、ちゃんと自分で考えて、変化を恐れずちゃんと今の時代や状況に合う物にしていかなければならない。「そう教えられた」だけじゃなく、思考停止せずに自分で考える事。
それが今回のゆいちゃんであり、「デリシャスパーティプリキュア」という作品の事でもあり、「プリキュア」そのものの答えなのかもしれない。

 

そんな風に思うとねぇ、すっごく面白い。生きるための物理的なエネルギーを「カロリー」とするならば、心を満たすエネルギー=ほかほかハートの神髄は「ありがとうの言葉」という主張がまた面白くってね、私が常々主張している「ヒープリ」以降のプリキュアは夢や未来ではなく、今をどう生きるかを模索するサバイブプリキュア的なテーマに入ったと考えた時に、今回のこのデパプリの主張がまた面白かった。

 

例えば「魔法少女まどかマギカ」では感情(特に大二次成長期の少女)がエントロピーを凌駕するものだと仮定した話でしたし、大友克洋の「AKIRA」では焼け野原から近代都市に成長した東京の様子はエントロピーを遥かに凌駕しているように思えてそれを「超能力」とした事がAKIRAという作品の根っこにあったりもします。そういった物と比べた時の今回の「デパプリ」の提示した物って凄くないですか?まどマギってどっちかといえば負の感情の方に注目してましたけど、プリキュアエントロピーを超えるものは「ありがとう」の言葉や気持ちだって言うの、そう来たか!という感じでした。

 

映画や文学の世界ではここ数年は格差社会がテーマのトレンドになってますよね。というかそういう時代ですし、最初に書いたとおりTVシリーズのデパプリがそれをどこまで意図的に描こうとしたのかは実際の所、今はまだよくわかりません。深澤監督のインタビューとかではそれらしい事は特に触れてはいなさそうですが、少なくとも「映画デパプリ」の方ではそこは明確なテーマ設定にしてある事は明かされていますし、作り手の意図のみならず、そういうのは作品として何が描かれたかというのが重要です。
例え本人が意図して居なくとも、作品にメタ要素や現代性というのは必ず入ってるものですし、プリキュアは子供達に向けたメッセージ的な色が強い分、特にそこは関連してくる部分でもあります。

 

プリキュアってね、デパプリに限らずそれこそ初代の時代から「相手に勝つ」事を目的にはせずに、「大切な人を守りたい気持ち」の方を重視するのがプリキュアという作品の基本である事がずっと継承されて来ました。「負けない心」こそがプリキュアの本質と言っても良いくらい、過去のシリーズでもここに関しては何度も描かれて来ました。

 

そんな中でデパプリは「社会は厳しいサバイバル世界だから、生き残りをかけて奪い合いをしなければならない」というゴーダッツ=フェンネルさんに対して「そんな事よりも、自分一人じゃ無くみんなが幸せになれる世界を目指そうよ。それは敵とか見方とかそんな事じゃ無く、幸せをシェアしてお互いを認め合う世界の方が勝ち負けを競うギスギスした社会よりずっと素晴らしいんじゃないかな?」というような事を言ってるわけですよね。・・・プリキュアってやっぱり凄い!

 

若干話はズレますが「週刊少年ジャンプ」のコンセプトで「友情・努力・勝利」っていうのあるじゃないですか。って、今のジャンプ私は知らないので、今の時代もそんなんが残っているかどうかは不明ですが、少なくとも昔はそういうのがジャンプのキャッチフレーズとしてありました。


これをプリキュアに当てはめて考えると「友情・努力」まではあっても最後の「勝利」っていうコンセプトはプリキュアには合わないんですよね。

え~?何言ってるの?だってプリキュアは20年勝ち続けてきたじゃん?と思う人も居るかもしれませんが、それは結果であって、決してそこを目指したものではない。前述の通り初代の時から「負けない事」に主眼を置いているというのは何度も何度も明言されてきましたし、要するに「相手を打ち負かす事」みたいな所に価値を置きたくないよねっていう感覚がプリキュアの基礎にあります。


それは、腕力や権力で相手を打ち負かして、相手の上に立つ事を正義にしてしまったら女性の立場はどうなるの?という考え方が根っこにあるからです。そこが基本的には女性向け、子供向けのものである「プリキュア」らしい考え方ですよね。

例え「女の子だって暴れたい」という考え方が入っていても、少年漫画とはコンセプトがそもそも違うのよね、というのがプリキュアの面白い部分でもある。

 

例えばですよ。世界最強を目指して、それこそ「グラップラーバキ」みたいな漫画でも良いですし、「K-1」や「UFC」でも良い、何なら「スト2」みたいな格闘ゲームでも良いです。今も続いてはいるし、それを何ら否定するものではないけれど、みんながみんなそれに熱狂して大ブームになった時代はだいぶ昔に終わってますよね。あれは「最強」にみんなが価値を見出したような時代だったのかなと思います。(バキなんて今はもう半分ギャグ漫画的に消費されちゃってて落差が凄い)

 

世界で一番になんかならなくたっていいし、相手を打ち負かして自分の方が上なんだなんて言う自己顕示欲を示すだとかじゃなく、自分よりも大切な人達をっていう心ですよね。それがプリキュアらしさであると。

 

ただでさえ生存競争の激しいこのつらい今の世の中。心もみんな疲弊してしまった中で「ヒープリ」「トロプリ」から続いてきて「デパプリ」のこの文脈。こういう着地点に持ってきたセンスが私は超絶に面白いなと感じます。いやぁ、プリキュアって何でこんなに面白いのかと今回も改めて知らされました。

 

スパイシー/ここねちゃんとかさぁ、最初はお嬢様として周りに距離をおかれて孤立してたわけじゃないですか(今はそんなここねちゃんももう懐かしいです)
ヤムヤム/らんらんもそう。ちょっと変わり者で、自分は「普通」ではないのかな?
なんて悩む一幕もありました。
フィナーレ/あまねんは名前の「フィナーレ」とは裏腹に、セカンドチャンス的なものの象徴なのかなとも思います。意図せずに一度道を誤ってしまったからといって社会的な復帰が不可能になってしまうような世の中って、それは厳しいよね、っていう。

 

そういう人達をちゃんと受け入れて行く社会。それはナルシストルーもセクレトルーも、何ならフェンネルさんでさえ受け入れるプリキュアの度量。実際の世の中はそうではないからこうあってほしいという願いかもしれない。でもさ、フェンネルさんにも届いてると良いなと思います。奪って得られる幸せよりも、みんなでシェアして、ありがとうが重なった世界の方がきっと素敵だよって。

 

マリちゃんの最後の言葉とか、もう深澤監督そのものの気持ちでしたよね?あれ。プリキュアと出会って、試行錯誤しながら一緒に戦ってきた。
過去の「伝説のプリキュア」がどんなものかは知らないけれど、自分にとってはあなたたちこそが本当のプリキュアで、一緒に駆け抜けてきたプリキュア達に心からのありがとうを伝える。

 

思えば過去のシリーズも全てそうでした。プリキュアかくあるべし、みたいなものを求められる中でね、1作1作、プリキュアって何だろう?みたいなものに誠実に向き合ってきた。だからプリキュアは面白いんだと思う。勿論、好みの差とかは多少ありますよ。でもどの作品も私は好きだし、どの作品もそれぞれの面白さがちゃんとあると私は思う。


といった辺りで、次は感謝祭ですかね。今年もオンライン視聴出来るみたいなので一安心。勿論私も最終公演のチケット買うつもりです。

 

1話の時点では「食育とコミュニケーション」とかの話になるのかなぁ?
とか私は言ってましたけど、予想以上に色々な方向に話やテーマが転がって、ああ~こう来るのか!と終わってしまえば自分が想像してたよりもずっと凄い作品になってた印象。プリキュアはやっぱり凄い作品なんだと思わせてくれた点では満足度は高いです。

 

押しは・・・誰だろうな?1話感想ではとりあえずヤムヤム押しで行くって言ってましたが、スパイシー/ここねちゃんが好きかも。いや、意外と中の人の茅野さんの魅力に気付いて、あまねんも好きだなぁってなったし、ゆいちゃんの後半の怒涛の追い上げもね、流石はセンターのピンクプリキュア、これで好きにならないはずないじゃん!って感じで、結局は全員好きという事になります。

 

あとねぇ、毎年の秋のライブの方はぶっちゃけあんまり期待してなかったりするんですが、(どちらかと言えば歌手より声優目当てなので)デパプリのは満足度が物凄く高くってね。音楽方面でもデパプリは凄く良かった。

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そういう意味ではね、キャラクターもキャストも歌手も作品的にも、飛び抜けた個性がまずあって、そこが全部をひっぱっていくというよりも、みんなが力を合わせて一緒にデパプリの世界を積み重ねてきた感があって、そこは凄くデパプリらしいなとも感じます。みんなで一緒に生きて行こうよ、っていうね。

 

そんな全力の「おなかいっぱいパンチ」にココロ満たされました。
つらい事があっても人はプリキュアがあれば生きていける。
今はただありがとうと言わせて下さい。 

 

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プリキュア20周年PV

デパプリ、明日が最終回です。
挿入歌で使われた「キズナスペシャリティ」もう先週から100回くらい聴いてますわ。 

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毎年ですが最終回は特別な気分。リアルタイムでプリキュア見続けて10年くらい経ちますけど、毎年ここで思うのは、早く最終回が見たいっていうより、なんか凄くソワソワする。変な言い方ですが、気もそぞろというやつでとにかくソワソワします。

 

それはともかく次週からは「ひろがるスカイプリキュア」がスタート。
20年目のアニバーサリー作品です。
実は10周年の時は、10作目の「ドキドキプリキュア」ではなく11作目の「ハピネスチャージプリキュア」で、OP前に過去のシリーズから毎週一人メッセージが入ると言うアニバーサリー仕様でした。1年経ったらそこで初めて1周年になるので、言葉の定義的には過ぎてからが正しい。

 

が、15周年の時は15作目の「HUGっとプリキュア」がアニバーサリー作品とされました。スーパー戦隊なんかも同じで、今は作品数の方でカウントしてそこをアニバーサリーとしてますね。まあ1年間を通してちょっと特別なメモリアルイヤーですよ的な感じなのでしょう。

 

そんなこんなで「プリキュア20周年PV」が公開されました。

www.youtube.comいやぁ、たった1分40秒で泣かされる私。
余裕で泣けますわ。
だってこれまでいろんな事があったんだからぁっ!って感じです。

 

15周年記念PVの時も凄く良かったんですけど、公式はあれ残して見れるようにしてないんですよね。勿体無い。あれはあれで残してくれてて良いのに。

 

で、今回の20周年PVですけど、前のアニバーサリー作品だったHUGプリが優遇気味なのもありますし、近年の作品からのピックアップも多め。ひかるちゃんの「わたしはわたしだし」とかね、スタプリ押しな私は嬉しい。

 

これの前に、成人式メッセージなんていうのもあって

www.youtube.com丁度4~5歳頃にプリキュアを見てた人に向けてなので、4年目の「プリキュア5」からのメッセージという事になる。

こんな感じで、周年記念も、初代~5辺りまでの初期が中心になるのかなと思いきや近年の作品も、というのが嬉しいポイント。

 

ただ実写パートの部分に関してはやっぱり、子供の頃にプリキュアを見てた世代がティーンから大人になる感じの所を狙ってる感じです。

 

勿論そこはマーケティング的な部分も含めてで、プリキュアのメインターゲットである未就学児(小学生はプリキュアのメインターゲットではありません)のみから、今度は親子2世代のコンテンツにしていきたいです的な事は、以前からインタビューなんかでちょこちょこ出てた部分です。

 

いきものがかり」とかプリキュアと縁もゆかりもない人を起用するなら初代の五条さんとか使って欲しかった的な声もちらほら見受けられましたが、じゃあ「リワインドメモリー」は超超超超超超名曲ですけど、それをマスコミが取り上げるかと言ったらそんな事は無いわけで、知名度のある有名人を起用するのはそれこそ初代プリキュアの時代からとっている戦略の一つです。そしてそういう戦略の一つ一つの積み重ねが今に繋がっているというのはオタクなら知っておきたい所。

 

そう、逆に言えばオタクじゃなければそこは知らなくても良い部分。PVや成人式の奴もそうですが、ずっとプリキュアを見続けている人とかは便宜上、ターゲットの想定外の部分に設定されてるはず。

 

基本的には子供番組の体をとっているわけですから、「子供時代にプリキュアを見て、何時の間にか卒業しちゃって見なくなっちゃった」というのをスタンダードなものに想定しておいて、今もまだ新しいプリキュアやってるんだよね、程度の認識の中、子供を授かった時には、子供と一緒に見て、ああプリキュアってこんなに凄いものだったんだ。子供の頃はただのあこがれとか楽しさだけにしか思って無かったけど、大人になって見た時に色々見えてくるものがあるんだね、ぐらいの事を一般的なプリキュア体験としては想定してるはず。

 

成人式の場合は、懐かしコンテンツ程度の物に思う人が九割だろうし、例えば「映画スタプリ」なんかは、プリキュアみたいなコンテンツはそうやって忘れ去られていくものであるという事を前提にしたテーマ設定の映画だったりするわけで、そこらへんまで含めた理解はしておきたい所。

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勿論、作ってる方はオタクの支持がそれなりにあるのは知ってて作ってるだろうし、決して貴方たち向けには作品は作らないけれど、ちゃんと楽しめるようには作ってるから、そこは言わずもがなの体でお願いします。という、ある種の共犯関係にあるのが私らみたいなオタクのプリキュアファンだと思うし、だからこそ、メイン層や一般層にはわからない部分まで含めて、プリキュアは何がどう、どのように、どういった所が素晴らしいのかとか、ちゃんと明確に言葉で説明できるようにはしていたい。と思って私はいつもプリキュアを語ってるんですよ的な。

 

それはそれとして、こういうPVが作られてテーマ曲まで新しく作られたとなると、私が2~3年前からちょこちょこ書いてきて予想してた通常枠とは別の「20周年記念映画」みたいなの、もしかしてなかったりする?とか心配になって来ました。イベント的なもので終わっちゃうのかなぁ?

 

恐らくは来月の「ひろプリ」制作発表記者会見で、20周年企画についても言及されるでしょうから、そこをとりあえず待ちましょうか。

 

予告の感じでは「ディケイド」「ゴーカイジャー」的な過去シリーズを前面にフューチャーした作品とかでは無さそうな雰囲気ですし、20周年とは言え、ご時世的に厳しい部分もあったりするのかな?とは思う。

 

私は女児物全般に詳しいわけじゃないので、あまり深い所までは知らないんですけど「アイカツ」終了「プリティーシリーズ」終了「ガールズ×戦士」シリーズとしては終了で路線変更。他にも2~3年続いた女児向けとか結構終わってるっぽいですよね。そこは結局プリキュアの一人勝ち!とかそんなんでは決してなくて、こんなご時世ですからねぇというのは当然ある。

 

まあそんな中でも、例えば今回のPVでも、あれ?プリキュアってこんなんだっけ?夢とかときめきとかそんなんは確かにあったけど、前面にテーマとして押し出されてるような作風だったっけ?と思う人も中には居るような気がする。
ただそれって、プリキュアの本来持ってる作風として、過去に囚われずに変化を恐れないというのが初代からの大きい要素なので、変化は当然してるし、その変化があったからこその20周年とも言える。

 

というか、他に作品には他の作品なりの物が絶対にちゃんとあって、だからこそ数年間続いたり、プリキュアを脅かすような存在にもなったわけで、その特徴やコンセプト、何がどう、どのように何故素晴らしいのかとかそれはそれで知りたかったりもします。そういう書籍とかあったら私みたいな人には需要あると思うんですけど、誰か本書いて下さい。

 

とまあ変な話はここまでにして、デパプリ最終回待機。
当日中に感想は上げたい。

 

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X-MEN:ダーク・フェニックス

X-MEN:ダーク・フェニックス [AmazonDVDコレクション]

原題:DARK PHOENIX
監督・脚本・制作:サイモン・キンバーグ
原作:MARVEL COMICS
アメリカ映画 2019年
☆☆

 

X-MENシリーズ12作目。スピンオフ系を除く本隊のシリーズとしては「X-MEN:アポカリプス」に続く7本目にして最終作。
シリーズ全体としてはこの次のスピンオフ作「ニュー・ミュータント」が13作目にて一応ラストという形になってるものの、「デッドプール3」がMCU作品として現在制作中なので扱いとして今後どうなっていくのかは不明。

 

まあスパイダーマンとかと同じで、20世紀FOXで作られた映画はマルチバースの一つという扱いにきっとなっていくのでしょう。「ドクターストレンジMOM」でもパトリック・スチュワート演じる旧プロフェッサーXが出てましたしね。最もあれ、映画じゃ無くアニメ版の再現っていう話でしたが。

 

それはともかく今回の「ダークフェニックス」
これも試写会での評判が悪くて再撮影したんでしたっけ?結局せずに終わったんだっけか?同時期の「キャプテンマーベル」とかぶる部分が多くてどうのと、公開当時は色々とゴタゴタがあった気がします。そう、「キャプテンマーベル」と同時期と言う事は「アベンジャーズ:エンドゲーム」とも同時期という事になります。
あちらが空前絶後の大ヒットで幕を下ろした(一応の区切りとして)のに対して、こちらは全然客が入らず、シリーズ最終作ながら大赤字で終わってしまったという、どうしてこうなった感が大きい作品です。

 

監督は、サイモン・キンバーグという人で、これが初監督になりますが、過去のX-MENシリーズでは脚本を担当してた人です。そんな人が、満を持してメガホンをとったという形ですが、この人「X-MEN:ファイナルディシジョン」の脚本もやってます。

 

そう、あの作品も「ダークフェニックスサーガ」をベースにした話でした。そして今回もまた同じ話がベースです。どんだけ好きなんだよって話ですが、一見さん的には、え?また同じ話やるのかよ?っていう感じですよね。しかも、他人が前にやった物に納得がいかなくて、今度は自分がちゃんとしたものを作るとかそういう事でも無いんですよ。だって監督では無いにせよ前のにも関わってるじゃん?って話ですから。

 

一応、原作未読の人の為に説明しておきますが、原作における「ダークフェニックス・サーガ」は古い作品ながらX-MEN屈指の名作と言われていて、そこから生まれた「フェニックス・フォース」という宇宙的存在は今のシリーズでも度々取り上げられる、歴史や設定的にも割と重要な作品。

 

邦訳版も3度も刊行されていて、最初が90年代での小プロ「マーヴルクロス」での連載版があって、映画に合わせてヴィレッジブックスから単品の単行本化。その後にはアシェットのマーベル・グラフィックノベル・コレクションというシリーズの1冊としても出てます。

X-MEN:ダークフェニックス・サーガ (MARVEL)

 

じゃあ今読んでも面白い不朽の名作かというと、若干微妙な所ではあって、当時の熱量とか感じられて、勿論面白い部類だとは思いますが、やっぱり最後の、あのジーン・グレイが死んでしまったというのがインパクトとして大きい作品だと思うんですよね。

 

今はさぁ、アメコミの悪い部分なんですけど、「デスオブ○○」みたいなシリーズが展開されて、人気キャラが死んでしまうみたいなイベントをやって、その1年後とか2年後に「リターンオブ○○」とか言って生き返るのが、もう定番イベントとして定着しちゃってるんですよね。人気キャラは大概一度は死んで生き返ってます。そこまで大きい展開でなくても、2流キャラとかは日本で言えば「男塾」とかみたいにしれっと次のシリーズでは生き返ってるみたいな展開も多い。アメコミキャラの死は物凄く軽い物になっちゃってる。

 

でも「ダークフェニックスサーガ」はそこまで定着化する前の時代の話なので、X-MENのヒロインキャラだったあのジーンが!みたいな衝撃は大きかった。
そこは「スパイダーマン」でのグウェン・ステイシーの死や、DCですが「バットマン:デスインザファミリー」での2代目ロビン、ジェイソン・トッドの死とかと並んで、アメコミでの衝撃事件みたいなものの一つとしてあげられる特別な作品になり得た所は大きいと思う。(逆にこういうのが神聖化されたから後の乱発にも繋がるんでしょうけど)

 

そこはともかく、じゃあそんな人気の原作を今回は忠実に映像化したとかなのか?と言えば、別にそんな事も無かったりするのが微妙な所。むしろ映画として続いてきた世界観に変に合わせようとするから、何これ?感が逆に出てしまってるのがネック。

 

原作だとシーアー(シャイア)帝国という別の惑星を舞台にした話なのですが、映画ではその辺の事は全く触れてこなかった部分なので、いきなり今回から宇宙人が地球に来襲するという、映画の世界観しか知らない人からしたら。え?何これ?X-MENの世界観に突然宇宙人とか出てくんの?という違和感となってしまう。

 

しかもね、「ファイナルディシジョン」の時も、慣れ親しんできたキャラを雑に処理しちゃう所が散々非難を浴びたのに、今回もまた同じ事をやってる。原作ではさほど重要でも無いミスティークが映画では重要なポジションになってるというのを前作までやっておきながら、今回のミスティークの雑な処理。いやいやちょっとそれは。クイックシルバーが強すぎるし便利すぎるから序盤で退場というのは作劇の都合上とも思えますけど、そんな雑な部分とか、敵も結局よくわからんまま終わってしまったりと、いかにも人気が低迷してきて内容まで迷走して終わってしまった最終作というテンプレート感が凄い。

 

いやね、チームとして個々の能力を生かしたアクションとか、もしかしてシリーズ一凄いのでは?と思わせてくれる良い部分もあるし、ラストシーンのね、プロフェーッサーとマグニートーも色々あったけど最後は和解出来ました的な良い締めくくりもグッと来るんですよ。

全部が全部ダメってわけじゃないし、この作品ならではの見所はあるんだけれども、それでもね、迷走して終わるべくして終わったよなこれという感が凄い。

 

私は劇場公開時に見てますが、正直義務感で観に行っただけの印象で、「エンドゲーム」がゴールデンウィーク初日の公開で、確かその後にこれだった気がしますし、そりゃあね、比べちゃったらもうガッカリしかないわけですよ。次の「ニューミュータント」はコロナ禍が重なったのもありましたが、延期に延期を重ねて結局日本では劇場公開無しのソフトスルーになってました。

 

各作品の感想記事でも書きましたが、それでも私にとっては「X-MEN」の原作と、映画の1作目2作目辺りは特別な作品として思い入れはあります。なので、そこから始まったシリーズですからね、長く楽しませてもらってありがとうという気持ちは素直にある。

 

ニューミュータンツの方は先にもう感想記事あるのでこれでシリーズ全作ブログに書き終わりました。「ギフテッド」「レギオン」とかのスピンオフドラマは見てません。面白いのかなあれ?最初の映画の時も「ミュータントX」とかやってませんでしたっけ?あの辺もどうなんだろう?機会があれば見てみたい気はするけれど、ドラマはなかなか時間が。

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シーハルク:超人法規(スーパーヒューマン・ロウ)

シーハルク:超人法規(スーパーヒューマン・ロウ)

SHE-HULK VOL.2: SUPERHUMAN LAW
著:ダン・スロット(作)
 ジュアン・ボビーロ、ポール・ペルティエ(画)
訳:ケン・U・クニタ
刊:MARVEL 小学館集英社プロダクション ShoProBooks
アメコミ 2022年
収録:SHE-HULK #7-12(2004-5)
☆☆☆☆

 

シーハルク、
宇宙最強ヴィラン
狙われる!?

職業:弁護士/スーパーヒーロー
宇宙を股にかけてますます大忙し!

 

ハルク(ブルース・バナー)の従妹ジェニファー・ウォルターズ。
弁護士兼スーパーヒーローとして活躍する彼女は、スーパーパワーを持つ不良少女を監督したり、宇宙で行われる裁判に参加したり、圧政に苦しむ宇宙人を救ったりと、今日も大忙し。
個性的な仲間たちに囲まれて充実した日々を過ごす彼女だったが……宇宙の片隅では、シーハルクの抹殺を目論むヴィランが動き出していた。
圧倒的な力を持つ敵に狙われたジェニファーは、仲間と自分自身を守り抜くことができるのか!?

マーベル・コミックスが贈る「スーパーヒーロー法廷ドラマ」第二幕、開廷!!!!

 

という事でシーハルクの2巻目が出ました。先日取り上げた「ヤング・アベンジャーズ」もそうですが、2冊目まで出るのは非常にありがたい。邦訳アメコミは昔からイベント物ではないこの手のレギュラーシリーズは1巻目だけ出て終わりってのが多かったと思うので。最初から2冊出しますよってアナウンスでスタートしたわけじゃなかった気がするので、売れた結果があったからって事なのでしょうか?もしそうならドラマの方のおかげでしょうかねぇ?

 

邦訳版オリジナルカバーで表紙絵だけ可愛い絵柄で、中身は結構アレな感じなので、ドラマから入った初春者向けかというとそうでもない気がしますし、どっちかつーとマニアックなネタをマニアックに楽しむタイプの作品かとは思いますが、まあ今更初心者向けのアメコミがどういうのだと良いかとか私が考えたって仕方ない部分なので、今回も楽しかったとだけ言っておきましょうか。

 

前巻でいきなり所長の娘のサウスポーという名の小娘ヴィランの世話を押し付けられ、忙しい日々を贈るジェンの前に、唐突にマジェストラティと名乗る集団が現れる。シーハルクの功績を認め、宇宙法廷にも弁護士として立てるようになったジェン。

 

そんな中、ピップ・ザ・トロールがシーハルクに助けを求めに現れる。エルダーズ・オブ・ユニバースの一人、チャンピオンが支配する惑星ではボクシングの試合での勝者が全てを支配する世界になっていた。ベータ・レイ・ビル、シルバーサーファー、グラディエイターと名だたる力自慢を退けたチャンピオン相手に、ガモーラとアダム・ウォーロックをセコンドに従えシーハルクは戦いに挑む羽目になる。

 

パワーストーンを使用しているチャンピオンに正面から勝てるはずもなかったが、弁護士らしい機転を利かせて結果的に勝利をもぎ取る。大きな事件を解決したジェンは地球に戻ったが、屈辱を味わったチャンピオンは今度は自分では無く、シーハルクのライバルでもあるタイタニアパワーストーンを託し、復讐に打って出たのだが・・・。

 

といった感じの話。
チャンピオンは映画にも出たコレクターとかグランドマスターと同じく、太古から生き続けている宇宙的存在エルダーズの一人。
とは言え、ベータレイビルにサーファーにグラディエイターをボクシングで打ち負かして、っていう展開に、いや何だこれ?ヒーロー達はニセモノなのかな?とか思ったけど、ガチだったっぽい。軽目な法廷コメディを期待したら何かとんでもない事になってました。違う方向でとてもシュール。

 

ああでもこれあれか?「スクイレルガール」でドリーン一人とチッピィだけでギャラクタス撃退しちゃったみたいな、ギャグ漫画だからこそ出来るトンデモ展開みたいな奴で、そんなユニバース的な整合性とかあんまり考えないように!いやシーハルクはあくまでコメディ路線ですよ!っていう事で良いのかな?

 

後半の話で、思いっきりコミックである事を利用したメタな展開も使って来ますし、そういうのもまたシーハルクらしさですよ、っていうとこでしょうか。ドラマの方が結構物議をかもしだして賛否両論で否の方が多かったような印象ですが、これはこれっていう割り切りですよ!ギャグ物であんまりシリアスに考えたってしゃあないじゃん?そこわかって、的な感じかなぁ?

 

そんなドラマにも出ていたタイタニアが後半は大きい役割で出てくる。ドラマ見てた時も、あんまり私はこのキャラの事知らないなぁとか思いながら見てたんですけど、今回、オリジン部分が新たに再度描き直されてたりしましたが、ああそうかこの人「シークレットウォーズ(旧)」が初出だったのね。っていうか私これ読んでるわ!てっきり忘れてました状態でした。

 

そんなこんなで色々ありつつ、ひと段落ついた所まで収録。
解説書にもありますが、今回はパワーハウス、力自慢のキャラが敵味方含めて多数登場。そんな中、シーハルクは同じようにパワーで対抗するのではなく、知恵や仲間の力を借りて別方向から自分の「力」を証明する。力というのは物理的なパワーだけじゃないよ、というのが面白味。

 

私もシーハルクの歴史には明るくないですが、どちらかと言えば安易に「ハルクの女版」として生み出されたキャラだったはずですし、アベンジャーズとかに出てる時は基本はパワーハウス系のイメージが強かった気がする。
でもせっかく弁護士っていう設定があるんだから、そこ生かそうよってのと、そこからさらに前述のような、力とは筋肉だけじゃないよねっていう辺りにまで話を発展させてきたのは何気に面白い部分かと思います。

 

やはり今回も次巻の告知はありませんが、次があるならまた読みたいです。

 

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スーパーヒロインボーイ

スーパーヒロインボーイ(3) (リュエルコミックス)

SUPER HEROINE BOY
著:ぱらり
刊:実業之日本社 RuelleCOMICS 全3巻(2016-18)
☆☆☆☆

 

1巻が出た時はこちらの界隈でも結構な話題になってた気がする「スーパーヒロインボーイ」
何時の間にか完結してたんですね。ってか完結で良いのかなこれ?大団円というほどでもないにせよ、キリの良い感じの所まで話は収録されてるし、何より作者御本人のツイッターとかでも全3巻って書いてあるので完結したのは間違いなさそう。

 

強面のヤンキー高校生が、ふとTVをつけた時にたまたまやっていたプリキュア風の女児向けアニメ「アリス少女隊☆シャイニーハート」にハマってしまい・・・というコメディー物。

 

こ、こんなの面白くも何ともねぇゼ!絶対に下らない漫画だって証明するために最後まで読んでやったぜ!ほら思った通りつまらねー漫画だったけど次の巻ねーのかよこれ。

 

という漫画です。

 

トクサツガガガ」でもプリキュア風の女児アニメ好きな強面の通称任侠さんというのが出てくるのですが、見た目的には似てますね。一見こういうものとは縁のなさそうな人がハマってしまうというギャップの面白さなのでしょう。いかにもなオタクが女児アニメ見てますよつったって、そういうもんじゃない?程度にしかなんないだろうし。

 

色々な漫画やアニメ、ドラマなんかでもプリキュア風の女児アニメのパロディーみたいなのは結構ありますが、それは世の中にそれだけ浸透しているという証でもある。
それは「プリキュアシンドローム」という本の中で、初代プロデューサーの鷲尾さんもパロディにされるって知名度があるからこそですから、その手のパロディは怒ると言うより楽しんで見てますよ的な事を言ってました。

 

ただ、「トクサツガガガ」もそうですけど、ただのパロディーじゃなく、そのファンをテーマにした作品まで生まれてしまうってなかなかか凄い。スターウォーズとかスタートレックのファンを描いた映画とかもありましたし、昔から一応ジャンルとしてはこういうのもあるのはあるんですけども。


1巻の時点では、ファンのあるあるネタみたいな所が中心で、プリオタやってる私的にはやっぱりこそが一番面白いのですが、作者的にはそこだけだと話が続かないと判断したのか、先生の生徒指導の問題とか、3巻の最後のエピソードではオタクとヤンキーの壁みたいなものも描いてたりして、そこから作品全体の落とし所として見た目で判断してしまう危うさみたいなものもきっちり描いてある辺りが割と誠実。
漫画として、物語としてそれなりのテーマみたいなものはあるべき、みたいな考えの人なのかなと感じました。

 

その辺、何度も例に出して申し訳ないですが「トクサツガガガ」も同じような感じで、ただのあるあるネタパロディーだけでは終わらないぞっていう作りが面白いなと思います。4コマギャグとかならあるあるで済ませられるけど、ストーリー漫画ならそれだけではもたないみたいなのあるんでしょうか?

 

あるあるネタだけでも十分に面白かったりはするんですけどね。私も、初めてプリキュア食玩買った時とかはすごくドキドキしたなぁ、とか劇場で子供達のミラクルライトに感動したのとか、やっぱり記憶に残ってますもの。

 

キャラを増やして恋愛要素を入れてくる辺りはややベタかなと思いつつ、オタク君が深夜アニメとかそっちの方で子供向けは見て無いとか、女児じゃ無くショタっ子が女の子向けアニメ好きだったりとか、面白い視点を入れてくるな的な所もあって、その辺りは一歩踏み込んだものをやってみよう的な感じで面白い。あと先生がヒロインだけじゃなく敵幹部とかもちゃんと好きみたいなのはね、ただのパロディーや茶化すだけなら出てこない設定の気もします。

 

ジャンルが大きくなる事で出てくるパロディ物ってね、いかにもな表層上だけの素人的なツッコミみたいなのにもなりがちですけど、元々作者がプリキュアとか好きなのか、研究したのかはわかりませんが、ネタマンガとしてはファンもにっこりできる作品になってて素直に面白かったです。
パロディ元としても、こういう奴だとセーラームーンとか魔法少女とごっちゃになってるようなものも多い中、あくまでプリキュアを想定したものというのはプリオタとしても嫌いじゃ無い。

スーパーヒロインボーイ(2) (リュエルコミックス)

スーパーヒロインボーイ(1) (リュエルコミックス)

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ヤング・アベンジャーズ:ファミリー・マターズ

ヤング・アベンジャーズ:ファミリー・マターズ (ShoPro books)

YOUNG AVENGERS VOL.2: FAMILY MATTERS
著:アラン・ハインバーグ(作)
 ジム・チャン他(画)
訳:吉川悠
刊:MARVEL 小学館集英社プロダクション ShoProBooks
アメコミ 2022年
収録:YOUNG AVENGERS v1#7-12(2005-6)
 YOUNG AVENGERS SPECIAL #1(2005)
☆☆☆★


ヤング・アベンジャーズ
ファミリー・マター(家庭の事情)
大戦争が勃発!?

 

問題だらけのティーンエイジャーたちが織りなす
スーパーヒーロー青春群像劇、待望の第2弾!


征服者カーンとの戦いで、リーダーだったアイアンラッドを失ったヤング・アベンジャーズ埋められない喪失感を抱えながらも、ヒーロー活動を続けることを決意した彼らだったが……目の前に立ちはだかる最大の障壁は、ヒーロー活動を許さない大人たちだった!? さらにとあるメンバーの“家庭の事情”が、世界を揺るがすほどの大問題に発展。少年少女たちは仲間を守り、世界を救うことができるのか!?

 

ヤングアベンジャーズ1期の2巻目完結巻。
1巻は、アベンジャーズ解散後、アベンジャーズ風の若者が集結、彼らは何者なのか?みたいな所が話の軸でもあり、面白味でした。

今回の2巻目は、彼ら彼女らの正体が明らかになり、本物のアベンジャーズの面々、そしてヤングらの親、さらには本人たちはどんな選択をするのか、みたいな深堀が中心で、各々の葛藤やそれぞれの事情とか、予想以上に面白く読めました。

 

私は結構な良い歳ながら一人身で子供は居ませんので、親の気持ちがわかるとはなかなか言えませんが、今回はキャップとかジェシカ・ジョーンズとか、先輩として年長者として彼ら彼女らにどう向き合うかっていう部分もちゃんと描かれてて、そこが面白かった。

 

そして実際の親の視点。スタチュア(キャシー・ラング)とかこの時点でまだ14歳ですよ。18になったら本人の意思を尊重するけど、それまではちょっとっていうお母さんの気持ち流石にわかりますわ。しかもスコット・ラングはこの直前に死んだばっかですし、流石にまだ子供の身に危険な事なんかさせたくないって言うのはね、そりゃあそうでしょうと。

 

逆に血気盛んな若者の方の気持ちに感情移入とかはしにくい。逸る気持ちはわからんでもないけど、という所はあるけれど。

 

そんな中、パトリオットが暴走。というか君、そういう事だったのかと結構意外な展開に。アニメとかだとエリじゃなく、レイショーンがパトリオットのコードネーム使ってるけど、そういう事だったのか?とか思いながら読んでたら、最後に嘘が真になるみたいな展開。黒人のキャプテンアメリカの話は、近々邦訳版も出るので、そっちも楽しみ。

 

更には、ハルクリングの正体も明らかになり、その複雑な出生故に事態は大きく発展していくと。手ゴマが足りない中、新メンバー加入でスピードがここでヤングアベンジャーズ入り。
スピードとウィッカン、スカーレットウィッチの息子二人がようやく揃う。その複雑な経緯はやはり解説書が参考になるんですけど、白ビジョンの話とか、そこがドラマの「ワンダヴィジョン」の元ネタっぽいですねぇ。こっから更に過去の話になっちゃいますけど、そこもちょっと読んでみたい。

 

そんな感じで、アベンジャーズのコピーから始まった話が、今度はヤングアベンジャーズとしての個性を確立していくまでの流れになってて、素直に面白かった。ケイトだけこの話だと弱いかなと思いますけど、ケイトはこの後「ウエストコーストアベンジャズ」に「ホークアイ」とこのメンバーの中では頭一つ抜けた存在になりますし、現時点では仕方ない。というかさらっとオリジン部分が語られたりするんですけど、ケイトの過去が何気にキツイぞこれ。

 

シリーズとしてはここで一期は打ち止めになっちゃったようですが、この後はヤングアベンジャーズの面子が活躍する「チルドレンズクルセイド」があって、そこも邦訳決まってますので、そっちもまた楽しみです。

 

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ファイアーエムブレム 新・紋章の謎 〜光と影の英雄〜

ファイアーエムブレム 新・紋章の謎 ~光と影の英雄~

FIREEMBLEM
発売:任天堂
開発:インテリジェントシステムズ
機種:ニンテンドーDS
発売日:2010年7月15日
☆☆☆★


新・暗黒竜と光の剣」に続けてこちらも。
シリーズには詳しくないのでこっちはスーファミの2本目「聖戦の系譜」の移植版かなと思ってたのですが、そうじゃなくスーファミの「紋章の謎」を「新暗黒竜」「新紋章」として分割してのリニューアルだったっぽいです。かといってじゃあボリューム少ないのかと言えばどっちも全30面くらいあるので物足りなさは感じない。

 

今回からの特徴で「クラシック」「カジュアル」の二つが選べて、クラシックはこれまで通りに一度死んだ仲間は復活しないシビアな仕様。
対するカジュアルは「初心者や時間の無い人向け」という事で、迷わずカジュアルを選びました。仲間が死んでもあくまで退却扱いで次のステージではまた使えるという仕様。

 

とは言え、じゃあ死んでもいいやっていう前提でプレイするかと言えばそんな事は無いだろうし、リセットしてやり直しとかの時間を単純に減らせるだろうと。まさしく私は時間の無い人だからなと気軽に選ぶ。

 

いやこれがね、自分が思ってた以上にゲームの面白さに影響が出てビックリ。前作でも、全員生存とかやってないんです。数人の犠牲は出しつつ、メインで使ってるお気に入りのキャラが死んだ時は泣く泣くやり直すみたいな感じでした。今回ね、例え死んでも、もう一度最初からやり直すの面倒だなぁ、どうせ次の面からまた使えるしいいや、って思った瞬間に「ファイアーエムブレム」というゲームの魅力が一つ減るんだなって実感させられました。

 

しかもね、逃し忘れと化無いように攻略サイトとか確認しながらやってたら、中盤辺りで一気にゲームが作業になってつまんなくなっちゃった。何だこれ今回は微妙な作品だったなぁ、とかって事じゃないんです。それはゲームが悪いんじゃなく、こっちのプレイスタイルの問題。

 

最近ゲームがつまらない?それはソフトじゃ無くハードに問題があるんだ!
っていうCMが昔ありましたが、濃いゲーマーほど思ったはずです、いやそういう事じゃねぇだろと。

 

ゲームに限った話じゃないですが、何でも受け身でしか考えなくて、最近面白いこと無いよなとか言いがちな人に対しては、いやつまんないのは物とか世の中じゃなくて、お前がつまんない人間だからだよって私は言っちゃう方だもの。自分次第で世界なんていくらでも変わるものです。

 

そんな作業プレイであれれ?と感じた中盤以降、基本は攻略サイトに頼らず自力でクリアというスタイルに変えたら、面白さも戻ってきました。アイテムとか仲間とか、全然コンプリートしてません。でも逆に手探りだからこそゲームの楽しさがあるんだなと再確認させられました。

 

以降の作品でもカジュアルモードあったら使っちゃいそうですが、基本はやっぱり自力で手探りでやる方が面白そうです。そしてそこで獲り逃したイベントや仲間、アイテムがあたっとしてもそれこそが自分だけのストーリーって事ですよね。そこがゲームというメディアの他とは違う部分なんだろうなと。

 

逆に2週目とかやるなら(私はやりませんが)コンプリートを目指すとかまたそれは別の面白さなのでしょう。

 

だってね、今回最初に仲間になるセシルというソシアルナイトが居るのですが、攻略サイトとかを見ても能力値はイマイチ。他の強いキャラを使おうとか書いてあるけど、私はエースとして育てて、すっごく可愛く感じますもの。それこそが自分だけのストーリーって事ですよね。

 

今回は「新・暗黒竜」から直接続いてる話でしたので、キャラもほぼ継続。前回からすぐ続けてプレイしましたので、前作キャラには当然思い入れもありますよ。そこに新キャラまで加わるんだから交通渋滞が起きる。メチャメチャキャラが多い。

 

前作同様、今回もハーレムパーティを組みます。(名前入力できる自分の分身的な裏主人公も当然女性にしました)前作は中盤まで女性が少なく、野郎ばっかりの状況で、終盤まで行くとようやく全員女性でレギュラーを埋められるぐらいの割合でした。
が、今回は序盤から女性キャラが沢山参加してくれるので、むしろ全員使いたいけど余ってしまうくらいに多かった。しかも前作には存在しなかったアーマーナイト(ジェネラル)の女性まで居るし、能力にこだわらなければ特に職業変更とかせず自由にパーティが組める感じ。シーマ様当然私はレギュラーですよ。

 

恐らく、出撃前の準備画面では使ったキャラの会話が出るっぽいので、私は最初から最後まで女性ばっかの百合百合しい感じに。会話の分量が結構あるので、使うキャラを変えれば全く違う印象になるはず。私は秘密の花園みたいになっちゃったけど、腐女子歓喜のイケメンパラダイスにもなりえるっていう辺りが前作でも書いたけど面白い部分だなと思います。

 

おそらくSFC版には無いであろう外伝パート。主人公とカタリナうんぬんも悪く無かったですし(私の中ではそこにセシルも含めた3人の関係がをテキスト以上に勝手に想像して楽しんでましたし)そういう所も踏まえて、後のシリーズとしてキャラゲーとしての色が強まっていく流れにも思えて、興味深かった。

 

メインの話としては、前作の仲間だったハーディンが裏切り悪に染まって、みたいなのが良くも悪くもだったでしょうか。前作でもしハーディン使ってたら結構衝撃的な感じになったのかもしれませんが、何せターバン巻いてる親父キャラを使う人が居たのかどうか。能力的には悪くなかったみたいですけども。

 

単純に戦闘面においては、ラスボスとかガーネフ以上に強くてハーディン戦が一番苦労しましたが。前作でもそうですが、最後の最後のラスボスはどっちかつうとイベントバトル感覚なのかな?マックスまで育ちきったマルスファルシオンの一撃で倒せましたし。

 

3DSは持ってないので、次は過去に遡ってGBA版をやろうかと思います。
そこそこ高かったですが、GBAの3本確保出来ましたし、人気作のようなのでそっちも楽しみです。

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