僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

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サンダーボルツ*(MCUその57)

原題:Thunderbolts*
監督:ジェイク・シュライアー 
脚本:エリック・ピアソン、イ・サンジン、ジョアンナ・カロ
原作:MARVEL COMICS
アメリカ映画 2025年
☆☆☆☆★

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MCU成功の立役者ルッソ兄弟が復帰し、次の「アベンジャーズ」の撮影もスタート。インフニティサーガと違って、フェイズ4以降のマルチバースサーガはとっ散らかるだけ散らかして、一向にアッセンブルする気配が無く、フェイズ1~3みたいに、とりあえずアベンジャーズ見ておいて後は枝葉の部分ですよみたいな見方が出来ずに、個々の作品の品質も維持できずに迷走&客離れが続いている現在のMCU。
この後、来年に「アベンジャーズ」新作も控えているものの、その前にいくつかの作品からキャラが集結する久々のアッセンブル物として「サンダーボルツ」が公開。

 

原作だと、日本語版でもチョイ役程度に登場した事はありましたが、今回新たに1冊出たコミックの解説によると時期によってメンバー構成が全然変わってくるチーム。今回の映画みたいにウィンターソルジャーがリーダーを務めてる時期もあって(邦訳版では映画に合わせて出したので主にそこをチョイス)そこが今回の映画のイメージソースにもなってるのかなという感じ。

 

そもそもが、大半が元ヴィラン出身のキャラで構成されてるとか、メイン級には行けないB級で落ちこぼれの2流キャラの寄せあつめチームという概要の部分では、マーベルならそれこそ「ガーディアンズオブギャラクシー」DCなら「スーサードスクワッド」。両方ともジェームズ・ガン監督が手掛けて高く評価された一連の作品の、悪く言ってしまえば2番煎じ感が拭えない部分はある。

 

一つ前の映画の「キャプテンアメリカ:ブレイブニューワールド」でも、バッキーの相棒とも言えるサムが頑張りましたが、正直内容としては昨今のマーベル作品と大差なく、ぶっちゃけ凡庸な感じで終わってしまった。そんな流れも踏まえるとね、今回もあまり期待は出来ないのかな?と思ってました。

 

が!これは久々にフェイズ1~3ぐらいの感じに戻った印象。
ジェームズ・ガン監督の作品とも全く別路線。

 

今回、スカーレット・ヨハンソンも製作に名を連ねてたりしますが、流石にナターシャ/ブラックウィドウが復活したりはしないものの、作品としては「ブラック・ウィドウ」の直系に近い感じ。一応チーム物ではありますが、バッキー以上に実質の主人公はフローレンス・ピューさん演じるエレーナ・ベロワになってました。

 

予告にも出てるのでネタバレじゃないはずなので、ヴィランとしては今回はセントリー。比較的新し目のキャラで、邦訳も充実していた「ニューアベンジャーズ」の流れで、初登場時の所から邦訳でも読めたりするキャラです。
マーベルユニバースの何人か居る、所謂マーベル版スーパーマンとして生み出されたキャラの中の一人。(他にもハイペリオンとかグラディエイターとかもしマーベル世界にスーパーマンが居たら?というコンセプトは数人居る)

 

原作でのセントリーはちょっと特殊な出自で、本来はファンタスティック・フォーらと同じ時代から活躍していた古い時代のスーパーヒーローだったが、ある事情があって、人々の記憶から抹消されていた、という後付けでオリジンが描かれたキャラクター。
初期は普通にアベンジャーズ入りして新ヒーローとしてしばらくは描かれてましたが、その心の奥底にヴォイドという虚無を封じ込めた存在という設定があって作られてるキャラなので、まあ読んでる方も新しいヒーローというよりは、いつかヴォイドが復活してイベントのボスキャラみたいな位置になる上で出してきたキャラだろうなというのはなんとなく察して読んではいたように思います。

 

サノスとかギャラクタスとかと比べて、マーベルの歴史を語る上で欠かせないキャラというわけでもなく、ベノムみたいに人気キャラという程のキャラでも無いので、え~?セントリーとか微妙なキャラをピックアップしてきたなぁと正直思ってたのですが、その微妙さと言うか歴史がピタッと今回はハマった感じ。ここで使う為にパズルのピースとして最初から計算されてたんじゃないかって思うくらいでした。

 

いやね、フェイズ4になってからドラマも含めて数作作られて、どこに向かってるのかよく分からなかった時に、フェイズ4以降のテーマはメンタルヘルスだ!みたいな言説が結構多くありました。

多分、どれかの脚本家とかプロデューサーとかのスタッフ側が、実際にそういう側面はあるよね的な事を言ってたりしたんだとは思いますが、ニュースサイトとかユーチューバーとかもそれを前提みたいに語ってたりしたのを結構目にして、いやそういう面があるってだけで、そこがメインテーマではないでしょ?と私はずっと思ってました。(ニュースやyoutubeをそのまま信じるほど頭悪くないつもりなので)

 

ただ結果的にね、コロナ禍も重なりましたし、作品の方向性の不透明さや、品質管理があからさまに出来て無い所もあって、もうただでさえエンドゲームで一区切りついてたのもあって、客離れが止まらず、興行的にも大惨敗が続き、天下を取ったあのMCUがいかに没落したかという落差で散々な言われよう。

 

なんかそれってネガティブになってダークサイドに落ちるし、メンタルも病むわな、という実際の流れがあった上で今回の作品ですよ?原作でのセントリーの立ち位置と同じく、最初からこれ仕込んでたんかーい!と思ってしまうくらいの、時代にマッチした感じ。

これがね、ジェームズ・ガン的な負け犬たちのワンスアゲイン映画なら、やっぱり5年前ぐらいのコロナ前までは時代に上手くマッチしてたと思うんですけど、コロナ禍を過ぎた今現在だとまた少し時代の感覚って違うと思うんですよね。コロナ前なら、クソーお前ら見てろよこのどん底から這い上がってやるからな的な気質がまだ乗れたけど、その後のコロナ禍で本気でメンタルを病むくらいまで落ちた感ありますよね?

 

もう根性論ではどうにもならない虚しさ。そんな中でのエレーナとアレクセイ、そしてボブの描き方が凄く良かった。誰か寄り添う人が居るから生きていけるんだと。今回のタイトルにもオマケっぽくデザインとしてついてる「*」マークのアスタリスク。これ、劇中の序盤のエレベーターのシーンのあれですよね?そこは4人しか居なかったものの、そうやって気持ちを上げてどん底から脱出するんだよっていうのを視覚的に取り入れている面白いシーンでした。あれは感情のエレベーターを協力して昇って行くシーンなのでしょう。

 

それを考えるとね、タスクマスターの扱いは正直う~んとなってしまう。いや原作のタスキーと映画ではかけ離れたキャラになってしまったので、もしかして原作に近付けた2代目とかを出す布石なのかなとも思ったんですけど(人気の強キャラですし)そういうドライな感情はともかく、MCUにおけるタスクマスターはエレーナに負けず劣らず、いや状況的にはそれ以上にナターシャの忘れ形見的な存在でもあるわけで、そこをあっさり処理してしまうのはちょっと感情的には納得できないものがありました。

 

あと、エレーナとアレクセイはねっとり描いてくれるのに、ゴーストの方で彼女の身元を引き受けたはずのビル・フォスターの描写が一切無いというのもちょっと気になりました。ついでにUSエージェントことジョン・ウォーカーのご家族もなんだかなぁという感は否めず。

 

最後にポスクレでちょろっと触れられるだけですが、バッキーとサムの関係はあれで良いです。バッキーとしてはサムにも協力してくれよとか言ってるはずだけど、サム的にはお前ふざけんなよ俺にキャプテンの名前と盾を継げとか言ってるのに、前がアベンジャーズの名前使っちゃうわけ?成り行き?お前が死にそうになったら助けには行くけど基本絶交な!みたいなイチェイチャしてるんだか本気で怒ってるんだかわからんけど、本音をぶつけあえる感じが妄想出来るのでそこは個人的にはアリ。
しかもそのポスクレ部分だけルッソ兄弟が撮影した部分なんだとか?ますます待ち遠しくなってしまいますね。

 

とまあそんな感じで、メンタルケアという時代に合ったテーマがあったのでフェイズ2・3辺りと同じ感覚で素直に楽しませてもらった作品でした。ある意味とか、これはこれで的な好意的な解釈をしなくても素直に面白かった。

ヴァルの扱いも、倒して終わりじゃ無く、こう来たかって感じでひねりが効いててキャラの生かし方としては憎々しいけど良かったです。

 

次が映画だと「ファンタスティック・フォー:ファースト・ステップ」でその前にアニメの「アイズ・オブ・ワカンダ」があるんでしたっけ?その辺りも楽しみです。

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