MOBILE SUIT GUNDAM SEED DESTINY SPECIAL EDITION II
監督:福田己津央
OVA 全4話 2006-7年
☆☆☆
DESTINYスペシャルエディション第2部。
いきなりカガリとユウナの結婚式にフリーダムで乱入してカガリを連れ去るキラ。
ドラマティックな半面、バカバカしい漫画だなと冒頭から思ってしまったんですけど、これがガンダムSEEDという世界のリアリティラインなのかな?なんて考えた時に
たまたまツィッターで流れて来た、当時のインタビュー記事か何かの切り抜きなのかな?
基本的にキラは世界のためとか国のためとかよりは「目の前の誰かを守りたい・助けたい」という意志が強い。DESTINYでも結構そういうスタンスですね。両澤さんがキラの動くきっかけを目の前の危機にしたことからもわかることですが。
— kazumasa (@kazumas40978461) 2023年9月11日
アスランとだいぶ違う点です。 pic.twitter.com/B9oFuWyYtf
これをみて、20年越しにやっとガンダムSEEDという作品を理解出来た。
キラはノンポリで目の前の事を重視して動く。アスラン、カガリ、ラクスは政治的な環境ありきで育ってきているので、各々が拙いながらも目指すべき所や信念がある中で、キラはそこが無いのが違いで、対比のようになっていると。
あ~、あ~、今までずっと勘違いと言うか、理解に苦しむ感じでいました。キラが何を考えているのかがよくわからない。でもそうじゃなかった。そもそもがキラってセカイ系主人公として設定してあったのか。
セカイ系ってエヴァの時とかからもうあるので、種の時点でも普通にある概念でしたが、当時の私はそもそもセカイ系って何なのかを理解してませんでした。
簡単に言えばノンポリ。ノンポリティカルですね。世界や社会がどうなろうが自分には関係ない。大切なのは目の前の景色、自分の行動範囲が幸せであればそれでいい。世界で戦争が起きて100万人が死んでようが、地震で街が崩壊し犠牲者5万人だろうが、それは自分の人生とは関係の無い事。そんな事より僕に優しくしてよ、僕はとても辛いんだ、みたいな人の事ですね。
私も社会や政治を理解するようになったのは、恥ずかしながら遅い方で、20代前半の頃は選挙とかも行って無かったなぁ。社会の事も政治の事も理解して無いくせに、そんなのに行ったって世の中変わらないよ、とか斜に構えて、逃げてました。ああ恥ずかしい。
「SEED」見てた頃はもう選挙とか行ってたかなぁ?そこは正直曖昧ですが、多分まだまだ社会の仕組みや政治も理解していない頭悪い時期だったのは確か。この頃はまだガンダム見て「これがリアルな戦争なんだ」みたいな幼稚な反応してた時期の気がします。後になってから政治も理解していない大人とか恥ずかしいなと思って必死に勉強しました。
でもね、SEED或いは他のシリーズでも良いけど、ガンダムって基本はティーンエイジャー向けに作ってある。10代の頃なんてちゃんと政治とか理解出来る人なんて多分ほとんどいないし、そういう意味では同世代のキラとかにむしろ感情移入しやすいようになってると思うし、「だって今、目の前で泣いているんだ」とか「僕は誰も殺したくないんだ」みたいなのにね、素直にああそうだよねって思ってしまう人も居るんじゃないかなぁ?
何故戦争は無くならないのか?それは商売の為に戦争を裏で牛耳っている死の商人「ロゴス」が居るからなんだ!みたいな幼稚な発想にも、シンみたいに「え!そんな組織があってそれが戦争の原因だったのか!」という反応に視聴者も同じようにショックを受けたりする。世の中にはそういう「悪の組織」みたいなのが暗躍してるから戦争が起きる。そういう事だったのか・・・なんて思ってはだめですよ。
確かにそういうのは良く言われるし実際に戦争を商売と考えてる人も居るのでしょう。ただそこを単純に「悪」と判断してそれを排除すれば戦争は無くなるなんて考えるのはまさしく思考停止じゃないですか。その思考停止こそが戦争の本当の原因なのに。
じゃあ作品として作ってる方がそういう主張をしてるのかと言えば、流石にそこまで単純じゃなく、ロゴスのジブリールを撃てば問題は解決するとはしていない。
だからこそデュランダル議長を暗躍させてラスボスにしてるんだけど、じゃあ議長はどんな主張をしてるのかと言えば、リアルな政治思想とかじゃなくディストピア社会とかそっちの方に舵を切る話として作ってある。
そこはファーストガンダムがニュータイプというSF要素を軸にしたように、ガンダムならそっちのSFに話を膨らませるべきと思ったのか、単純にリアルな物なんか描けないし、恐らく監督も脚本家もキラと同じようにノンポリっぽいのでそっちに逃げただけ、或いはそんな風にしか描けなかったのかは定かではない。
なんかねぇ、人類史上最も優れた神のような存在であるスーパーコーディネイターのキラに、政治や社会うんぬんではなく、そこを越えるのはキラみたいな純粋な願いなんだよ、みたいな事を託したのかなぁ?という気になってきた。SEED放送の20年後にようやく。
勿論、個人の気持ちとしてはそんなのただの現実逃避でしょって言いたくなるけれど、作品の主張としてはそういう事だったのかなと、なんか1段階理解度が深まった気がする。残り2部と映画ではどうなるかな?そっちの線で見て行けるだろうか。
もうちょい軽い話をすれば、今回の2部はお話的にはほとんど動いてなくて、ミネルバが細かい任務をやってた時期。演出で流されてたけど「トップガンマーベリック」みたいなシーン、そう言えばあったあったと懐かしくなってしまった。敵に見つからないよう細い岩場をギリギリで抜けていくシーンです。元ネタはスターウォーズですが。
そしてシンとステラとの出会いがありつつ、ラストカットが非常に鳥肌物で素晴らしい演出。かつて路頭に迷う幼いシンを救ってくれたトダカ一佐を悪魔の形相をしたインパルスが知らずに殺してしまうという。
オーブをユウナのみの憎まれ役として描くだけでなく、その中にもちゃんとしたトダカ一佐みたいな人も居るんだよ、と見せておいて、それをシンが殺してしまうと。
ヒーロー然とした主役機のガンダムが、見せ方によってこんなに凶悪な顔の悪魔のようになるんだよって、演出の妙って感じでここは素直に素晴らしいと思う。作り手がキラを肯定したいが故に、主人公だったはずのシンは恩人を殺す最低のクズ野郎なんですよ、とまさしくここでデスティニーという作品の運命が決定付けられた瞬間でもありましょう。
さらにライトな話をもう少し書いておくと、「SEED」および「DESINY」って結構海上戦のイメージが強くて、他のガンダムシリーズではあんまり無いシチュエーションで、割とSEEDの個性な気がします。(どのシリーズでも1回くらいは水中戦があるけど、海上戦ってあんまり記憶に残って無い)
と思うと、重力下を高速で飛びまわれるセイバーがやたらとカッコ良く見えて、ジャスティスも好きだけどセイバーもカッコいいんだよなと改めて思ったりもします。
更に同じく変形して空を飛べるムラサメが居て、その下にフライトユニット装備のM1アストレイとかウィンダムが居て、その次にサブフライトシステムに乗ってる普通のMSが居る、みたいな格差が面白いなと思った。
他にも水中戦特化のアビスの生き生きとしてる感じも凄く面白い。こいつ水中から迫ってきたら落とせる気がしないし嫌だよなって思わせてくれる。いや実際は今回でアビスやられちゃって出番終わりだけども。
ゲーム的な感覚の視点かもしれませんが、こういうのってMSの運用をどうするかとかも想像出来て世界観が広がって面白い部分だなと感じます。久々に見返すと新しい発見があって楽しいです。
2部はTVでは使っていないこのスペシャルエディションの為の新曲lisaの「Tears」って曲が用意されてて、これが良いんだよなぁと昔から好きでした。
調べたら、HDリマスター版のTVシリーズEDにも使われてたんですね。
リマスター版見た事無いので今の今まで知らなかった。
同じくらいの時期だったかなぁ?
「ガンダムイボルブ12」のED「time is on my side」も良い曲なんだよなぁ
という辺りで次の第3部「運命の業火」へ。
セカイ系主人公としてのキラという理解度の深まりもあり、また新しい視点で見れそうです。
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