僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

見たもの読んだものなどの簡単な記録と感想のチラシ裏系ブログ

トゥインクル・トゥインクル・キラー・カーン

トゥインクル・トゥインクル・キラー・カーン 《スペシャルプライス》 Blu-ray

原題:The Ninth Configuration
監督・脚本・制作・原作:ウィリアム・ピーター・ブラッティ
アメリカ映画 1980
☆☆☆★

<ストーリー>
ロケットの発射直前に発狂したアポロの宇宙飛行士は、軍の療養所に隔離される。彼はそこで新たに赴任してきたケーン大佐という管理人と親しくなる。だが彼の渾名“キラー・ケーン”は、彼が怒ると見境なく人を殺してしまうことからつけられたもので…。

 


映画ライター高橋ヨシキがオールタイムベストの中の1本に選出する事で割と有名なカルト映画。DVDしか無い時代は結構なプレミアがついてたのですが、その後BDが出てからは普通に見れるようになりました。私は見た事無かったんですけど、U-NEXTに入ってたので今回初めて観た。

 

エクソシスト」の原作者ウィリアム・ピーター・ブラッティが、同作の後、自ら原作・脚本・監督を務めた「エクソシスト3」と共に、今作を含めて、神は存在するのかを問う3部作という事らしい。

 

今で言う所の「舐めてた相手が殺人マシーンでした」映画みたいな部分もあって、そこは面白いんだけど、全体的には哲学として「神とは何か?」みたいな所を会話の節々から読みとる所の方がメイン。

 

精神病院物として、ベトナム戦争以降に頭がおかしくなる人が多発したという物語の導入なのですが、そちらは主人公のカーン大佐に関係してくる部分ですが、同病棟内に主人公と対になるような存在としてもう一人カットショーという主要人物が居て、彼の設定が面白く、宇宙飛行士のパイロットだったが、打ち上げ直前になり頭がおかしくなってここに収容された、という事になっている。

 

ネタバレありきで書くけど、そのカットショーが語る神の語り口が面白い。

 

ロケットで打ち出され、宇宙に行ったときに万が一事故が起きてしまったとしよう。何も無いそれこそ「無」の空間に一人取り残されたら?と考えたら恐ろしくなって、逃げ出してしまったのだと。

 

宇宙で永遠にその魂はどこへも行く事もなく漂いつづけるのだろうか?そんな本当の孤独には耐えられない。でも、そんな状況でも自分は孤独ではないと「神」がもし本当に存在するならそれこそが救いなんじゃないか?

 

自分は、あなたは本当の孤独ではない、神が居て下さるからと思う事で人は何とか生きていられるんじゃないか?心の内にこそ神は存在し、それが神というものの正体なんじゃないか?みたいな考え方。

 

いや実際にはカットショーはそういう考えではあっても、それを信じきれないで居るから逃げたわけですけど。

 

そうですねぇ、私の中でも「神」とは人が救いを求める中で生み出された集団幻想であり、それが社会を動かすシステムとして適していた、というのが神様の正体だろうみたいな認識が基本あるので、今回そんな宇宙飛行士うんぬんの話が出て来た所で、ああ確かに人の存在しない宇宙で「神」は存在するのか?或いはそんな神の力が大気圏外、無の空間にまで及ぶのか?みたいな事を考えるのは色々と面白いなと思えた。

 

そして、本当の孤独に陥った時でも、神だけは自分に寄り添ってくれる最後の存在であり、それこそが神の存在価値でもある、みたいな発想はなるほどそれも面白い。

 

初代「ふたりはプリキュア」のラストでキュアホワイトが、そうだわ自分の心だけは誰からも支配されない、自分だけの心の宇宙。何に対しても自由だわ。それがあるから私は絶対に屈しない!みたいなシーンがあるんですけど、なんかそれにも通じるものがあるというか。

 

カットショーさんは、宇宙に出る事で本当は神なんか居ない事をわかってしまい、本当の孤独になってしまう事を恐れたのであって、心の中の宇宙を誰のものでも無い自分だけの世界と定義してそこから立ちあがったプリキュアとは正反対ですけどね。でも物理的な宇宙と心の中の宇宙であれ、ここで宇宙が来るか?という面白さ。

 

そもそも神の存在を語る時に、私は宇宙うんぬんまで考えた事は無かったので、その発想力の面白さには惹かれるものがありました。

 


対する主人公のケーン大佐。というか彼がタイトルのキラー・カーンでもある。彼は内なる善と悪に翻弄され・・・というより、一度悪に傾いてしまった為にその振り幅として善の存在が生まれた?いやあれは結果であって悪とは言い切れないのかなぁ?むしろ戦争という極限の中ではそれが当たり前にある出来事であったりはするんだけど、人の心に善性が全くないのかと言えばそんな事も無かろうと、振り子が逆に揺れて悪の心を封印してしまった、みたいな感じ?

 

昔から、あまりに酷い経験をしてしまうと、心が壊れるのを防ぐためのセーフティが発動して、記憶を封印、或いは改ざんしてしまうみたいなのあるじゃないですか。学術的にそれが本当に証明されてるかどうかとかは知らないですけど、フィクションではたまにそういう物語ありますよね。

 

そしてそこから善の存在であるケーン大佐が誕生。そういう人格が生み出されたとでも言うべきか。今で言う統合失調症は昔は精神分裂病とか言われてましたが、それを具現化した感じ?多重人格は元から居そうだけど、それよりもむしろ新たに生まれた存在に思える。

 

ここが究極の善なる心の現れである、全くの他人に対してまでも自己犠牲の精神で救う道を選ぶ事が出来る存在。それは人間というのは悪意が全てではなく、どこかでやっぱり人の善性も存在はするんだと信じたい部分はあって、悪魔を生みだす心があればそれは同時に神を生み出す心もあるんだよという表現・主張という感じでしょうか。

 

他にも、この狂った現実の中で正気を保つには、自分を狂気のそばに身を置くしか無い。この狂った世の中をおかしいと認識できない、或いはそれを普通だなどと言う人間はそもそも頭のねじが外れている存在なのだ。

 

そんな人達が溢れるこの世界の異常さは何だ?この世界はおかしいと思える正常な自分が本当に狂ってしまわないよう、自分もまた狂ったふりをしておかなければ。

 

・・・みたいな辺りはアラン・ムーアの「キリングジョーク」を彷彿とさせて、そういうものとも通じる思想で面白いなと感じた。

バットマン:キリングジョーク 完全版 (ShoPro books)

 

考えてみると「北斗の拳」OP「TOUGH BOY」でも同じような事言ってますよね。

www.youtube.com「このイカレた時代へようこそ」
「まともな奴ほど feel so bad 」
「正気でいられるなんて運がイイぜ」とか

北斗の拳はまあ世紀末の世の中がおかしくなってしまったという話で、今回の映画やキリングジョークは今の現実こそが狂っているんだという話ではありますが。

 

とまあこんな感じで、思考や発想、思想とかの部分では非常に面白いのですが、単純に映画として面白かったかと言えば、結構キツイというか眠くなる感じの作品でした。まさしくカルト映画かもしれぬ。

 

これを単品で見る人はまず居ないと思われますが、基本的にはやはり「エクソシスト」「エクソシスト3」との3部作として見て、テーマを掘り下げて考えるという感じだと、そこは物凄く面白い。

www.youtube.com

関連記事

 

curez.hatenablog.com

 

curez.hatenablog.com