僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

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バトル・ロワイアル【特別篇】

バトル・ロワイアル 特別篇 [DVD]

Battle Royale
監督:深作欣二
原作:高見広春
日本映画 2001年
☆☆

 

<ストーリー>
中学3年生になった七原秋也は、修学旅行に向かうバスの中にいる。クラスメイト達と他愛もない会話をしていたが、ふと気づくと全員が眠っていた。七原が目を覚ますと、暗闇に包まれた部屋の中。自分の首にいつの間にか首輪が装着されており、取り乱しながらも近くにいた女子生徒の中川と、親友の国信を起こす。

突然電気が点けられると、1年時に担任だったキタノと自衛隊員たちに取り囲まれる。キタノは、担任だった頃とは人が変わった様子でクラスメイトを威圧する。転校生の2人を紹介すると、いきなりB組で殺し合いをしてもらうと宣言する。
MIHOシネマさんより引用

 

今回、初めて見ました。公開当時は結構な話題作で一世を風靡しましたが、私の中ではただの悪趣味映画のイメージが強くて、正直興味が持てませんでした。

 

ただ、今はバトルロワイアル物っていうジャンルとして系譜があるくらいですし、(「ハンガーゲーム」とか「アベンジャーズ:アリーナ」とかね。私はどっちも見てませんが)何より社会学的な分野でゼロ年代の総括としてバトルロワイアル的な時代として、よく例に上がる。私は「ヒープリ」の感想でもその辺りについて触れました。なので、せっかくだし勉強がてら見ておこうかなと。

 

が!思ってたのとちょっと違った!


これ、普通にただの悪趣味映画で社会要素は全然無い作品ですよね?社会学で何でこれがよく挙げられるのかと言えば、ヒープリの時にも書いたけど、バブル前と違って今は限られた数しか勝者の椅子が用意されて無いイスとりゲームになっている世の中だから。誰もがそれなりに生きて行けた昔と違って、今は他人を蹴落とさないと勝者にはなれない時代。生き残りをかけたサバイバルの時代になってると。その辺りの構図が「バトルロワイアル」に共通する部分になってる。

そういった所が、時代を表す作品としてよく名前が挙がるわけですが、映画単体としてはそこって全く意識して無い。

 

勿論、今の評論の評価軸としては、「作り手の意図」みたいなものと作品は切り離して考えるのが常識としてあるので、例え作り手はそんな事は意識して無いよっていうのものであっても、出来あがった作品から時代背景を読みとる事は間違っていないし、だからこそこの作品もよく例に出されるんだけど、単純に作品の意図としては、当時・・・かな?少し前によく言われてた「キレる若者」とか、バタフライナイフを携帯する若者とか、そういういかにもな「理解出来ない今時の子供」みたいなものの方を軸にして描いてある作品でした。しかもそこを理解しようとするとかそういう視点ではなく、大人を舐めるなとか、反対側の視点も相当に陳腐で酷い。

 

流石に、もっと社会要素を深く描いた作品だったと思っていたまでは言いませんが、例えつたなくても当時なりの答えみたいなものはあるのかなぁと。う~ん、全くそういう作品では無いのね。今は政治家になった山本太郎が出てるのが唯一の救いか。

 

私は別に政治に詳しいわけではありませんが、右と自民が大嫌いなので(というよりは、自分が良ければ他人はどうなっても構わない、という考え方が嫌いなのです)、左よりでロスジェネとかをちゃんと理解してる山本太郎の方がずっとまともに思えます。

 

単純に映画としては深作欣二らしいある意味くどい演出が随所にあって面白いし、クラスメイトをただ殺し(あるいは死に方)のバリエーションとしてだけでなく、色々なタイプの人間性みたいなものを描こうとしてる辺りはやっぱり上手い部分だなと思いますし、こういったデスゲーム的なものにもし自分が参加するような形になったらどうするだろうか?的な事をついつい考えてしまうような面白さがあって、そういう視点で見所はある作品ではありました。

 


今は大人になって、多少の老獪さ・狡猾さくらいは身につけてるかなとは思いますが、私の中学生の時なんてホントただの暗くて気持ち悪い何も出来ない人間だったからなぁ。他人を信じていないのは今もさほどかわってない気はしますが、どうせ死が見えているのなら、何か一かバチかの賭けに一人で挑む・・・かな?ドンくさい人間なので、すぐに殺されて終わりのモブなのが関の山って感じもしますけど。

 

あ、あと何故か宮村優子が出てるんですね。「救急戦隊ゴーゴーファイブ」でも顔出して俳優やってましたが、救出がテーマの作品とこっちでは正反対でちょっと笑ってしまった。

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