僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

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ジョジョリオン 1~10

ジョジョリオン 1 (ジャンプコミックス)

ジョジョの奇妙な冒険 part8 ジョジョリオン
Jojo's bizarre adventure,part8 jojolion
著:荒木飛呂彦
刊:集英社 ジャンプ・コミックス 全27巻(2011-21)
☆☆☆

 

ジョジョリオン」完結!と言う事で、私は全部が全部でも無いですが、基本的には完結したのをまとめて一気読みするのが好きなので、完結記念にこちらを取り上げようかと思います。18~9巻辺りまで出た時にもその時点までは確か読んでるかなとも思いますが、それも数年前ですのでせっかく完結したのだからとまずは10巻まで。

 

7部の「SBR」もウルトラジャンプでの月間連載でしたが、確か最初の1~2巻分くらいは少年ジャンプに不定期連載でしたよね。そういうのもあってか、多少は少年漫画要素はありましたが、8部は最初からウルトラジャンプでの月刊誌連載。ちょっと大人向けかなぁという印象。

 

つーかぶっちゃけ言うと、とても読みにくいです。バトル要素も最初からもう複雑。しかも物語的に主人公が何者で、何を目的に進んでいくのかとかもぼんやりしてる所から始まるので、なんか導入が凄く入りにくい。これ、6部のストーンオーシャン辺りからそうでしたけど、最初の一手目みたいな所がわかりにくくて、あんまり面白くない。

とはいえ、ある程度読み進めてしまうといつものジョジョらしくなって普通に面白いのですが。

 

というかジョジョらしい面白さって何でしょう?
多くの人は「スタンドバトル」とか言う人が多いのかなと思います。私も子供の頃はそんな感じでしたが(つっても1部の新連載時からのファンですが)今はそこじゃなくて、沢山映画を見るようになった後だとジョジョの特徴って「映画を漫画に落とし込んでいる漫画」だと思ってたりします。

 

荒木飛呂彦の映画からの影響は言わずもがなですし、新書何冊か出た奴読めば本人も語ってますし、その辺りはわざわざ私が言わなくても知ってる人は知ってる部分ではある。

 

ただその中で私なりに解釈する部分を加えると、荒木飛呂彦って、漫画を書く時も先に実写映画的なイメージが先にビジョンとしてあって、それを漫画という表現に落とし込んでいる、っていう描き方をしてるんだろうなと。昔からその気質はあったのですが、週刊誌では無く月刊誌に移ってからその傾向がより強まっているというか、尖鋭化してる感覚が凄く強い。

 

私は「漫画読み」と言う程沢山の漫画は読んでいないので、客観性はありませんけれど、多分こういうスタイルって荒木飛呂彦独自のもので、あまり例を見ない感じなのでは?と思ってたりする。

 

ただそれも良し悪しはあって、映画を沢山見ている人だと、漠然とはしていながらも、これが映画だったらこんな感じのシーンだなっていう想像が出来て、そこが凄く個性的で面白い部分だと思うんですけど、所謂普通の一般的な漫画的視点で読んでると、多分これあまり面白くなく感じるだろうなって気がしてくる。

5部くらいまでは面白かったんだけど、それ以降ぐらいからはなんか入りにくいっていう感覚の人は、多分そこなんじゃないかなぁと。

 

ジョジョって元々マニアックな漫画だったんだけど、それが時間をかけてなんとか受け入れられるようになってはきた。でも今度は最近の作品は昔よりさらに先鋭化されてマニアックな方向になってきてて、途中までは面白かったけど、最近のにはちょっとついていけない感じがする、という人も多いのでは?

 

私は元々、それなりのシネフィルですので、その感覚を駆使して8部の独特の面白さもこれはこれで、と感じてますが、これつまんねーな、と思う人の気持ちもなんとなくは理解出来たりします。3~5部辺りの、掛け値なしに面白いよねこれ、っていう感じとはちょっと別のものだよなぁって感じは凄くするし。

 

で、荒木は映像・映画的なビジョンがあってそれを漫画に落とし込んでるっていう部分に関して、ああ、じゃあアニメ版ジョジョみたいなものが荒木の頭の中には先にあるって事か、と思う人も居るかもしれませんが、多分アニメ版のジョジョって、荒木飛呂彦の頭の中にあるジョジョの映像とはまったくの別物だと思います。

 

TVアニメ版、5部まで全部見てますよ、6部も楽しみです。凄く面白いですよね。封印されたその前の1部の映画版とか、実写版4部映画とかは最低でしたけど。

 

TVアニメ版の良さは、凄くわかりやすくなっている部分で、例えばバトルで敵においつめられて、「やった!勝ったぞ!」って敵が勝利を確信した後に、味方側のキャラが「そいつはどうかな?こちらの攻撃はもう終わっているんだぜ」とニヤリとした時にテーマ曲みたいなのがかかって一気に逆転、撃破!みたいなパターンが多い。

アニメの良い所は、そこでいう逆転のテーマ曲がかかる所だと思っていて、そこで逆転の瞬間とカタルシスを一気に増幅させてくれるし、何よりも「わかりやすい」のです。バトルのロジックとか、心理状況の変化みたいなものを熟知していなくても、ここが逆転の瞬間のカタルシスですよっていうのを誰でもわかるように教えてくれると。

 

元々の漫画はきちんと読んで居なかったけれど、アニメでジョジョの面白さに目覚めたっていう人が多いのは、多分そこです。マニアックな漫画だったものを大衆がわかるように、わかりやすい面白さとして演出とか頑張ってやってるので、ジョジョってこんなに面白かったのか!というのを物凄く上手くやってる気がします。

 

アニメでジョジョにハマって、もっと先の話もあるなら読みたいと6~8部とか読み始めても、う~んアニメは面白かったけど漫画はちょっとわかりにくいかも、という人は多いんじゃないかなぁ。全員がそうだとは言わないけれど。

 

荒木飛呂彦の頭の中にあるジョジョは、もっと実写洋画のサスペンス映画みたいなものに近い形なんだけど、アニメ版はそこを目指すのではなく、漫画の世界をわかりやすくアニメーションにする形にする事で、より間口を広げてあくまで「ジョジョ」の面白さを追求しようとしてる。だから受けたんだと思う。

 

3部の何巻だったかは忘れたけど作者近影のコメントで、親父にジョジョの漫画を見せてもよくわからんって言われる。イーストウッドの映画の面白さみたいなものを目指して描いてるから、イーストウッド好きな親父にも面白さは伝わるはずなんだけどな~的な事を言ってたのはそこですよね。

 

8部なんか正しくそんな感じで、サスペンスとかホラー映画的なものを漫画で表現しようとしてるから、そこを沢山見てる人は理解度も深まるんだけど、映画そんなに見ない人や、アニメから入ったような人には、そのバックグラウンドが無いので、この面白味は伝わりにくいだろうなって、物凄く感じる。

 

エヴァ」の庵野も散々言われてきたけど、その辺の世代からコピー世代と言われてオリジナリティではなく、過去の漫画やアニメやゲームの引用で作品を作ってるって言われ続けて、多分その系譜は孫引きとかになっちゃってて、オタク向けの作品は大半がそんなのかと思います。

 

荒木も気質としては全く同じなんだけど、ただ彼はアニメとか漫画部分でのオタク要素ではなく、映画とか一つとなりのジャンルからの引用や影響なので、そこが違うんですよね。

その差の部分を、こうして8部を改めて読み返してると、物凄く感じました。

 

例えば映画界でなら、「映画を引用して映画を作る」みたいなのは、それこそタランティーノとかそういう系譜があるので決して珍しくは無いですが、「映画を引用して漫画を描く」ってなると、やっぱり荒木飛呂彦が筆頭として上がるんじゃないかなぁ?

 

他にも同じ事やってる人って決してゼロではないでしょうけど、ヒット作とかは大概オタクの再生産みたいなものがほとんどっていう印象が強いですし。

 

それが荒木飛呂彦のカラーだし、そこが面白いんだけど、逆に誰もそこにストップをかける人も居ないので、描いてる本人はさぞ面白いだろうと思ってても、傍から見ると結構滑って無いか?みたいな部分も散見されて、これ編集者側がもう少し口を出した方が、むしろ大衆向けに面白い作品になったりするんじゃないの?という気がしないでもありません。

 

「相田みつお」とか「ドヤっ」とかやたら連発してきて、ああ本人は気に入ってる感じなんだろうなと思うけど、読んでるこっちは正直戸惑います。

 

あと凄く気になるのは、これも昔からあるのはあるんですけど、敵に攻撃とかを喰らって、「グシャアッ!」って血が出たりしてるのに、実はやられたように見えてそうではなかった、みたいな描写。

 

そこを「やられているように見える絵」ではなく「やられた絵」として描いちゃうんですよね。やられたように見えたけど、確かに戻ってその絵を見直して見ると、そう見えるだけで実際そうでは無いかもな、と思えるような感じにはしてない。ここねぇ、荒木の悪い癖なんじゃないかと思えて、私はちょっと嫌いな部分。

 

映画に影響を受けるのは良いんですけど、荒木はB級物とかも大好きだから、こういう雑さやズルさもアリなんだ!?って思ってるフシが無いですか?ええ~?そこは良くない部分じゃないの?と個人的には凄く気になる。

 

つーかジョジョ論みたいになっちゃいましたが、この辺は伝わる人にだけ伝わってくれれば良いです。映画沢山見てる人なら8部も独特の面白さがあるけど、映画を見ないようなアニメファンや少年漫画好きは8部は戸惑うだろうなという話。

 

もうちょっとライトな感想も書いておこう。
ヒロインの康穂、ああ~康一君はやっぱりヒロインだったんだ!って思うとちょっと可笑しいですよね。

 

10巻までだと、ようやく岩人間が出てくるくらいまでで、東方家の呪いと等価交換についてちょっと触れるくらいまで。主人公が何者なのか?みたいな所がフックにはなってるんでしょうけど、そこがわからないと感情移入とかはしにくいし、物語を俯瞰して見るような感じになってるのもなかなか入りこめない要因になってると思う。

 

前作7部のSBRというか、ジョニィが直接繋がってくる辺りは、おっ!と思わせてくれるけど、未だ話の行く末や目的が全然見えてこないので、10巻かけてまだプロローグを読まされてる気分です。

 

ジョジョと言えば「人間賛歌」っていう人も多いと思うんですけど(作者本人が言った言葉ですしね)5部の「眠れる奴隷」辺りから、テーマは「運命と自由意思」みたいなものをずっと描こうとしてますよね。

 

「ファイナルディスティネーション」って映画があって、荒木も絶賛してましたけど、あのシリーズは物凄くジョジョっぽい。今回最初に出てくる「呪い」って要はその辺。

 

例え運命や結果が決まっているものだとしても、そこに至るまでの意志とかが重要なんだってのを5部で描いて、6部はプッチのそれを全て知って受け入れる事こそが平穏なんだっていう方が主張だった気がします。7部は神の意志なら、それに対抗し得るものは何だ?みたいな感じだったでしょうか。ざっくりとですけど。

 

そんな流れの上で8部はどういう方向に進んだのでしょうか?
という所でまた次の機会に。

 

「卵が先か鶏が先か、答えは出ない。でも私はもう勝手にこっちが先って決めてしまう。その方がスッキリするから」みたいな事を作者近影コメントで言ってますが、メチャメチャ荒木っぽいですよね。


つーか、それがジョジョでやろうとしてる事の答えだと思うよ。

ジョジョリオン 10 (ジャンプコミックス)

 

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