僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

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映画 窓ぎわのトットちゃん

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Totto-Chan The Little Girl the Window
監督・脚本:八鍬新之介
原作:黒柳徹子『窓ぎわのトットちゃん』
日本映画 2023年
☆☆☆☆★


黒柳徹子のベストセラーをシンエイ動画がアニメ映画化。
原作は名前くらいは聞いた事ありましたが、当然読んだ事も無ければ内容も実は全然知りませんでした。

 

この映画も、全くのノーマークだったのですが、映画オタクの間では歴史的な傑作と大絶賛。しかも戦争映画らしい。
あれ?もしかして「この世界の片隅に」とかに近い奴なのか?と気になり、雀の涙ながらボーナスも入ったので金銭的な余裕も多少あり、早速見て来ました。

 

予想してたものとは若干違ってましたが、いやこれは確かに歴史に残るレベルの作品。単純に幼いトットちゃん=黒柳徹子の戦争経験だけじゃなかった。

 

いやね、黒柳徹子と言えばやっぱり「徹子の部屋」ですよ。あの徹子さんのマシンガントークは物真似する人も多いですし、私の中では失礼ですが「面白いもの」みたいな認識の方が強かった。

 

なので、あれってADHD(注意欠如・多動症)みたいなものですよねっていう描き方を映画の最初でされた時、凄く恥ずかしい話なんですが、あれ?あ黒柳徹子の喋り方ってそういう事だったの?って私はそんな風に考えた事は一度も無かったし、なんて自分は想像力に乏しかったのかと、その時点で身につまされた。

 

勿論、戦前の当時にそんな病状はまだ無かったし、劇中でも直接的にそう描かれるわけではありません。でも先生の対応の仕方や、特別な子供達があつまるトモエ学園とその教育方針。つまりはそういう事だったのかと。

 

でもってその「説明しない」スタンス、これがもう本当に徹底して説明を全て排除しているという、ちょっとビックリする作風。

 

映画好きな人なら今更ですが、映画オタクじゃない人にもわかるように一応説明すると、言葉やセリフで説明せずに、絵や状況で見てる人に理解してもらう事こそが「映画的」と言われる演出です。映画はその映画を見る為にわざわざ足を運んでお金を払って、暗闇で集中して見るものですから、ちゃんと見る側にもリテラシーが求められるし、そこのさじ加減や信頼関係を見越して作るのが上手な映画、或いは高尚な映画というものです。

 

逆に1から10まで全部セリフで説明するのはTVの演出で、それはTVが不特定多数に向けたものであるのと、TV画面だけに集中するのではなく、何か他の事をしながらとか注意力が散漫で画面から目を離しても話が理解出来るようにするのがTV的な演出の特性。映画ファンがTV映画やTV出身の演出家をバカにするのはここに違いがあるからです。劇場公開作品なのにTVと同じ演出をやってるような監督は映画を何もわかってない低俗な作品だと。

 

この辺りは映画好きな人にとっては基本中の基本。基礎知識です。逆にTVドラマやTVアニメで読ませる演出とかを多用する作品とかは志の高いものとして評価されたりもします。

 

話を映画に戻す。この映画は説明しない事を本当に徹底してどこまでもこだわって作ってる。唯一の説明と言えば最初と最後に入る黒柳徹子本人のナレーションくらい。(そこはやっぱり妥協案として原作者を生かす部分と思われる)

 

他に例が無い事は無いんでしょうけど、私はここまでやってる邦画やアニメはちょっと知らないです。世の中の全ての映画で考えれば唯一無二では無いものの、少なくとも私にとっては唯一無二のレベルでした。

 

それだからこそ、無邪気で無垢な子供と、背景に迫る戦争というコントラストがより強調される。何故そんな演出が通せるかと言えば、子供の視点から見たら世界や戦争の事なんてわからない。何故まともなお弁当ですら食べられなくなったか、パパやママという呼び方では無く、お父さんお母さんと呼ばなければならないのか。なんで改札口のいつものおじちゃんが居なくなったのか。トットちゃんにとってはそれは知るよしもないわけで。

 

それだけなら「演出の一環」で済みそうですが、例えば小児マヒの泰明ちゃんの感情。人が何故怒ったのか、人が何故泣いたのか、なんであんな言葉を口にしたのか、なんであんな行動をとったのか。その辺まで含めて本当にセリフでは一切説明しない。ちょっとビックリするレベルで凄かった。これこそ映画というものだろうと。

 

原作は確か日本で一番だか二番目だかに売れた本。昔から映画化のオファーは何度もあったそうですが、商業主義に染まりたくないから全て断ってきた。じゃあ何で今回はOKしたのかと言えば、黒柳さん、もう90歳だそうで、更には昨今の世界情勢も考えて、改めてこの物語を残したいと思ったからだそう。

 

私も「ひめゆり」というドキュメンタリー、オーラルヒストリーの自主上映企画とかに関わったりした事がありましたが、戦争やあの時代を知ってる人がやっぱりどんどん亡くなっていく中でね、それを語り継ぐべきだろうと。途絶えさせてはいけない事だなと思うのは凄くわかります。

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「この世界の片隅で」を見た時は、ああこれが昔の人で言えば「はだしのゲン」とか「ほたるの墓」みたいなものの、今の人に届く奴で、今後は「この世界の片隅に」が今後何十年も語り続けられていく作品になるんだなと思いました。今回の「映画 窓ぎわのトットちゃん」もまた若干ベクトルは違えど、そういう類の一つになっていくのは確実でしょう。
万人が理解出来る商業映画とはもう全然違う所に突っ走った映画ではあるけれども、日本映画史に刻まれる1本になったのは間違いのない所。

 

子供の視点っていうのもそうですが、何箇所かアートアニメーション風になるパートがあったりして、アニメーションだから作れるものというのにも相当に拘ってるのは手に取るようにわかります。


ジブリとか新海誠とか、京アニとかそういう大衆性を得たブランドとはまた違うもの。でもシンエイ動画って「ドラえもん」とか「クレヨンしんちゃん」とか作ってるとこでもあるんですよね。毎年の興行収入ランキングに入るようなそういう作品で利益を出しつつ、ランキングには到底入らないものの、芸術的にも社会的にも価値のあるこういう作品もまた同時に作ってくれていたというのは何気に凄い。

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