SAKURA QUEST
漫画:古日向いろは
原作:Alexadre S.D.Cilibidache
刊:芳文社 MANGA TIME KR COMICS 全5巻(2017-18)
☆☆☆☆★
『花咲くいろは』『SHIROBAKO』に続く、P.A.WORKSの「お仕事シリーズ」第3弾として2017年に放送されたTVアニメのコミカライズ版。
アニメコミカライズにありがちなダイジェスト感も無く、アニメを見たのとほぼ同じような感覚で楽しめる丁寧なコミカライズ。
勿論、多少拾えていない部分はあるんでしょうけど、逆に漫画版ならではの要素が皆無なのがあえていえば欠点と言えなくもないくらいで、メチャメチャ良作。
そう言った部分も踏まえて、コミカライズ版のみの感想と言うよりアニメも踏まえた「サクラクエスト」全体の感想として読んでいただいて結構です。私はアニメの方はリアルタイムで視聴。特に今回の為に見返すとかはしてないです。
アニメの方のシリーズ構成を務めた横谷昌宏さんと言う方、私が心待ちにしている「トロピカル~ジュ!プリキュア」でもシリーズ構成という事で、少し調べてみた所、単純に特定話数の脚本のみなら何本か見たものも入ってましたが、他にシリーズ構成を担当したものは特にきちんと見たものは無かった。おそらくトロプリは監督の土田豊氏のカラーが強い作品だと思われますので、そこまで気にする部分では無いかなと思いますが、サクラクエスト単体で評価するなら、丁寧なシリーズ構成が出来てる感じですので(いきあたりばったりな展開とかじゃなく、ちゃんと全話の流れを踏まえて情報をコントロールして出してる)シュールな演出が面白い監督と、それを丁寧に全体の物語をバックボーンで展開する感じになって、結構面白い感じになるのではないかと期待してます。
で、「サクラクエスト」です。お仕事シリーズ前2作と比べるとあまり跳ねなかった印象ではありますが、はっきり言って超超超名作です。ただ、アニメファン受けするような内容では無かったっていうだけで、作品としての質は前2作にもひけをとらないどころか、それ以上を行ってる作品。
まずはその辺りの理由を簡単にご説明。「SHIROBAKO」絡みの記事でも以前書きましたけど、1作目の「花咲くいろは」はお仕事アニメではありつつも、主人公が学生ですし、恋愛要素も強めな作品でした。このシリーズは「仕事」がテーマですから、実際に仕事をしていく中での挫折や葛藤、喜びとかそういうのに共感したりする部分が大きい。
後ろ2作は見た目は普通に可愛い女の子のアニメキャラですけど、作中で普通にお酒とか飲んでますし、成人なんですよね。これって実はアニメでは珍しい。勿論、探せば成人主人公のアニメなんていくらでもありますけど、決してメインストリームでは無い。そのとっつきにくさとか、学生のアニメファンでもそんなに別世界とは思わないで入りやすい要素をきちんと計算してやってるのは流石だと思います。その辺りが「花咲くいろは」の面白い部分。
2作目の「SHIROBAKO」はアニメ制作の現場を描いてるわけですから、「仕事」の要素に共感うんぬんじゃなくとも、アニメファンにとってはアニメってこういう形で作られているんだ、という自然と興味を引く題材になってる。そこが上手いとこです。劇場版の方の感想を漁ってて結構感じたのですが、あの作品が仕事の何をどう描いていたのか、っていう視点でレビューしてる人、物凄く少なかった印象。それは決して避難してるとか、悪い事だとか言いたいわけじゃなくて、やっぱりそういう見方が主流なんだなと感じた、というだけの話です。
その辺りの流れを踏まえると、3作目の「サクラクエスト」があまり受けなかった、というのもなんとなく理解はできます。いわゆる「受ける」要素が少ない。あまり話題にもならずに、一般的にはそんなに評価されてないのはちょっと残念だなと思いつつも、じゃあ何で私が前2作以上を行っているとか言っちゃうのかというと、この作品、きちんと「社会学」という学問をベースに作ってあるから。それも相当丁寧に。
元々、監督やプロデュサー、脚本家が社会学に明るい人だったのか、あるいはこういう作品を作るにあたって調べたりしてる中で勉強したのかとか、その辺はよくわかりませんが、この作品って社会学のお手本教材として使っても良いくらい一つ一つの作り方が丁寧。これは前2作には無かった部分だと思います。
前2作もメチャメチャ面白いんですよ。私も大好きですし。でも割と素人が仕事をテーマにするにあたってこういうことが描けるのでは?こういう要素があるよね?みたいなのを集めて作ってる感があって、学術的に分析されている要素に基づいて作っている感じはあまりなかった印象です。そこがね、「サクラクエスト」はちゃんと作ってある印象がとても強い。
ストーリーとしては「町おこし」の話ですし、そこも社会学のパーツの一つではありますが、よくあるアニメの聖地巡礼とか御当地化を狙った町おこしアニメの一つ、という文脈のみで語られるには、あまりにも惜しいし、そこだけじゃなく、ちゃんとその背景も学術的に正しく丁寧に描いてるよ、と言いたくなってしまいます。「サクラクエスト」はただの町おこしのサクセスストーリーとかじゃないのです。
そもそも、1作目の「花咲くいろは」でぼんぼり祭りとか、御当地アニメの代表作とも言われるくらいの事をもうやっちゃってるじゃないですか。決してあれの再生産というわけじゃない。そこを俯瞰して、その先の描き方をやってるというのが、まさしくシリーズとしての進化であって、3作目にふさわしい作品なんじゃないかなぁと私は思うのです。
つーかそもそも「社会学」って何よ?という話だ。
説明しなくても社会学を知ってる人は私の説明なんかスルーして是非「サクラクエスト」を見て下さい。おお~まさしくこれ社会学アニメじゃんって絶対に思うから。
ものすご~く簡単にざっくり言うと、「世の中のしくみ」みたいなものです。
「何で仕事をするの?」「そもそも仕事って何?」的な問いに対しても社会学を勉強すれば答えが書いてあります。
サクラクエスト作中に出てくる要素で言えば、主人公の由乃が田舎に居ると何も無い普通の自分のまま一生を終えてしまうんじゃないかっていう不安を抱えて、東京に出るも、特にやりたい事があるわけでもなく、何十社も面接受けたけど、全くひっかからない。この出だしの部分だけでももう全てが社会学で説明されてる要素だらけ。何故そうなるのか?何故そう思うのか?みたいなもの全部社会学で説明できます。
「何者にもなれない自分とその不安、かと言って何をしたらいいのかもわからない」とか、いかにも現代的(いやもっと昔からあったかも)な悩みみたいなものだと思いますよね。だって私も社会学を勉強する前まではそう思ってましたもの。
そういうものに答えを出してくれるのが社会学。由乃だけじゃなく、他の4人のメインヒロインもそうですし、脇役もほぼ全員そうです。それぞれの悩みや葛藤、直面する問題に対して、これでもかってくらいに社会学の通例に基づいた解決方法を模索していく姿が描かれるんですよね。
ここがメチャメチャ面白いし、絶対的な正解とかでは無いのかもしれないけど、ある種の正しさみたいなものがちゃんと作品の中で描かれていて、あれ?これ私が勉強したやつまんまじゃん!っていう話になってました。物凄く面白い。
とゆーかここから自分語り入りますけど、私が社会学を勉強したのって大人になってからです。友達も一人も居なくて、ただ漠然とゲームとか漫画とかアニメとかオタク趣味に走りながら、悶々としながら日々を送る中で、このままじゃ自分はダメになるな、30まで生きたらあとはもう死のうと思って生きてました。(あくまで何と無くなだけで、そこまで本気でってわけではないけれど)
そんな中で、何か自分を変えようと思ってたまたま知った地方のNPO団体に行ってみたんですよね。そこは「学びの場」でもあったので、色々と巻き込まれてやってる内に色々な勉強をしたと。その中で社会学を勉強したのでした。
当時はまだ自己責任論が強い時代で(って今でもそうか)自分がダメなのは自分が努力を怠ったからだ、と自分を責めるしか無かった中で、そうじゃないよ、あなたがそう思うのは、世の中がそう思うように作られてるからであって、全部が全部自己責任論じゃない。全体的にそういう世の中になってるから、あなたもそう思い込んでるだけなんだよ、って感じの事を教えていただきました。というか一緒に勉強したっていうのが正しいのかな?講師の方は居ましたけども。
ここで「勉強した」っていうのが超重要。あなたが苦しいのはあなたが悪いんじゃないんだよっていう甘い言葉を囁いてくれるだけの場所じゃなかったのが大きい。
老子の教えでしたっけ?空腹で行き倒れていた旅人に、ただ憐れんで一宿一飯を与えるよりも、釣りの仕方を教えてあげればその人は一生食べていけるようになる、みたいな奴。
要は私が行ったNPOはそういうとこだったのでした。世間のつらさから逃げてきた人を、あなたは悪くないよ、あなたにはあなたの価値があるんだよって優しく言ってあげるのは簡単なんです。でもそこで一時的に癒されて例え尊厳を取り戻したとしても、結局世間には通じないんですよね。その狭いコミュニティの中での肯定にしかならない。
そういう安易さでは無く、ちゃんと世の中に通用する物を身につけさせようぜ、っていう考え方の所で、旅人にとっての釣りが、私にとっては社会学でした。自己肯定感の無さは相変わらず今も持ってたりはするものの、私は社会に対してもう少し俯瞰した目線を持つ事が出来たので、今は生きる事に対しての不安はありません。いや、私は何に対しても不安になってしまうという「不安神経症」の持ち主ではあるんですけど(「HUGプリ」のえみるちゃんのアレです)まあその辺もネタに出来るくらいには図太く生きてます。
なのでツイッターとかでもね、映画とか漫画のセリフ、あるいはアーティストの歌詞や言葉をリツイートしまくって自分に都合の良い言葉ばっかり集めてる人居るじゃないですか?あれ私は大っ嫌いなのです。自分を肯定する為に耳触りの良い言葉ばっかり集めても、結局何も解決しないんですよね。私も精神科とか一度行った事ありますが(そこで不安神経症って診断されたわけです)薬とか処方されてもアホくさくなっただけでした。これはちゃんと社会を学んできちんとしたロジックを身につけた方がずっと不安を打ち消す特効薬になるし、身の為になるなと。
一昔前の信仰宗教とかネズミ講、自己啓発セミナー、今だと話題になってる詐欺まがいのオンラインサロンとか、あんなもので自己肯定感を得るよりは(実はその手のが流行するのはその教義よりも特殊な共同体の方が本質だったりするので)社会学の一つでも勉強した方がよっぽどマシだと思います。
そして、そんな共同体の姿を丁寧に描いたのが「サクラクエスト」という作品です。そこは前2作では描かれておらず、サクラクエストのみに意図してある描写。ただの町おこしアニメじゃなく、現代性を持った社会をちゃんとしたロジックをもって描いた社会派アニメであり、これを傑作と呼ばずに何を傑作と言うのかって話だ。
で、アニメとしてというか、お話として何が素晴らしいのかと言えば、最後、由乃は旅立っていくんですよね。やっと自分の居場所をみつけられたはずなのに。それって何でかって言えば、主人公が旅立つって事は、ここに留まるなって事ですよね。
クリエイター、あるいは視聴者でもいいのかな。せっかく自分の好きな作品=居場所をみつけられた、自分の手で作る事が出来たけど、世の中ってそこで終わりじゃ無い。生きて行く為には同じ場所にずっと留まっているわけはない。いつでも帰ってこれる特別な居場所ではあるんです。由乃がもし間の山に帰ってきたら、みんな暖かく迎え入れてくれるし、その再会を心から喜びあえるでしょう。でも、もしずっとここに留まっていたら次が生まれない。だから旅立つ。だってこれはアニメだから。一つの居場所を作り出して、次に向かって旅立っていくというのは一つの「作品」というものに対してのメタな視点なのです。ここが素晴らしい。
「サクラクエスト」は、お仕事シリーズ第3弾として、確実に進化や変化をもたらしました。果たしてこれが正しく評価される日は来るのでしょうか。
おっと書き忘れた。地方文化を描いてる作品なので、首都圏に住んでる人はもしかしたらちょっとピンと来ない人も居るのかもしれないな、とは思います。最近はコロナで行けてないけど、私は東北六県+新潟、北関東全域と北日本の割と大きい範囲が行動範囲です。と言ってもブクオフとかお宝ショップ巡りをしてるだけなので、本当にその地域ごとの心情みたいなものまではわかりませんが、単純に私の感覚だと、田舎って正直どこも似たり寄ったりの印象なんですよね。
ああ、多分これ、地方住まいの人って多分どこも同じ感覚なんじゃないだろうか?っていう肌感覚が強い。もし、実際にそうなのであればさ~、このアニメって結構刺さりません?
アニメに何を求めるかにもよるんだろうなとは思うのですが、前2作にあったキャッチーな要素というか、これに共感・理解出来る層って決してひけをとらないと思うんだけど。そこはちょっと謎です。
最後に何度でも言っておこう。「サクラクエスト」超傑作です。
関連記事